国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

カフワから咖啡へ

(2)コーヒーを出す心  2017年10月12日刊行
菅瀬晶子(国立民族学博物館准教授)

パンを焼くついでに生豆を自家焙煎(ばいせん)する=2000年11月、イスラエル・ファッスータで筆者撮影

アラブ世界において、コーヒーは元来、遊牧民ベドウィンが客を歓待する飲み物である。コーヒーをたてるのは、一家の長の仕事だ。国立民族学博物館にあるベドウィンのテントでも、コーヒーセットはテントの主の前に置かれている。

今でもアラブコーヒーは、もてなしの要であり「〆」である。食べきれないほどのごちそうの後に果物、そして菓子が出され、最後に必ずコーヒーが出される。食事をともに取る以外にも、日常的に親戚や親しい人びとを訪ねあう習慣のある彼らは、客がくるとたいてい果物と菓子、コーヒーで歓待し、親しい相手であればあるほど、コーヒーを出す時間を引き延ばす。コーヒーを1杯だけ飲んで立ち去ろうとする相手に、「まだ早い!」と無理やりもう1杯注ぎ、菓子を握らせる応酬は、日々あちこちでみられる。

逆に、コーヒーは自分が多忙であることを客にさりげなく知らせる道具に使われることもある。客が来てすぐ、コーヒーを出せばいいのだ。たいていの客は主人の意図を理解してすぐ帰るが、たまに意図を理解しない無神経な客もいて、長っ尻で主人をいらいらさせる。もちろんその客は、後日陰口や噂の餌食だ。アラブ人も日本人に負けず劣らず、行為の裏にある意図を読み取るのに長けた人びとなのである。

シリーズの他のコラムを読む
(1)始まりはアラブ
(2)コーヒーを出す心
(3)変わりゆく好み
(4)そして芸術に