旅・いろいろ地球人
異界とつながる音
- (1)鬼のどくろの唸り声 2018年2月1日刊行
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山中由里子(国立民族学博物館准教授)
鳴釜神事のかまどの火を調節する阿曽女さん=岡山市の吉備津神社で2017年12月13日、筆者撮影
冬の朝、かまどから立ちのぼる煙と湯気に、連子から朝日が射し込み、結界の向こうの甑(こしき)は、幾重もの光の幕に包まれる。金砂のごとく瞬く灰塵が空中を舞う中、神官が祝詞をあげ、白衣をまとった阿曽女(あぞめ)が、シャカシャカと、玄米が入った掻笥(かいげ)を振るう。
岡山市の吉備津神社の鳴釜神事は、遅くとも室町末期までさかのぼる、吉凶禍福を占う神事である。桃太郎の話のもととなったとも言われる、吉備津彦命による温羅(うら)退治の伝説に由来が求められる。
元は百済の王子であった温羅という鬼神が吉備国にやって来て人々を困らせていた。朝廷に遣わされた吉備津彦命との激戦の末に討たれるが、その首はどくろとなっても唸り続け、神社の御釜殿の地下八尺に埋められてもなお止まない。ある晩、吉備津彦命の夢に温羅が現れ、妻である阿曽の郷の娘に神饌(しんせん)を炊かせれば、その釜の音で託宣をすると告げた……。
そうして何世代もの阿曽女たちがかまどの火を守り、鬼の託宣を媒介してきた。
鳴れば吉、鳴らねば凶。
阿曽女がしばらく振るった掻笥の上に、器を重ねて甑に入れるやいなや、ウォーンという低音が響いた。「鳴音(なるこえ)牛の吼るが如し」と、『雨月物語』の中で上田秋成が表した鬼の声は、怪しくも神々しい。
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