旅・いろいろ地球人
異界とつながる音
- (3)神を運ぶポリフォニー 2018年2月15日刊行
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山中由里子(国立民族学博物館准教授)
春日大社の二の鳥居。この奥から若宮神が現れる=2017年12月16日、筆者撮影
星明りだけの真暗闇の中、二人の神職がそれぞれ松明を参道の地面に引きずりながら通り過ぎてゆく。砂利の上に火の粉が散り、滑走路のように仄かに光り、道しるべとなる。
そこを何十人もの神職たちが一塊になり、「ヲーヲーヲーヲー」という警蹕(みさき)の声を発しながら歩いてゆく。その後には、笛、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、太鼓の道楽(みちがく)が、彗星の尾のようにたなびく。
奈良市の春日大社で毎年12月に行われる若宮おん祭りの「遷幸の儀」である。
17日の未明に若宮神が、若宮神社本殿よりお旅所(たびしょ)とよばれる仮設の行宮(あんぐう)まで遷(うつ)される際の儀式である。
夜が明けてから、お旅所前で流鏑馬(やぶさめ)、神楽、田楽などの芸能が奉納され、神様に一日楽しんでいただいた後、また「還幸の儀」を経て、また若宮神社に還(かえ)される。
遷幸の儀の間は、外灯はもちろんのこと、自動販売機の電気も消され、携帯電話、カメラ、懐中電灯は一切禁止である。街明かりがわずかに雲に反射しているが、当日は月もなかった。
何も見えず、動くこともできず、寒さをこらえ、参道脇でじっと待っていると、鳥居の奥から次第に神の先触れの音が近づく。その荘重なポリフォニー(多声性)の入れ籠(こ)が、見えない、見てはいけない神霊の存在を包み込み、粛然と運んでゆくのである。
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