旅・いろいろ地球人
異界とつながる音
- (4)境界突き破る「乱声」 2018年2月22日刊行
-
山中由里子(国立民族学博物館准教授)
「新野の雪まつり」の様子。乱声が響く=長野県阿南町新野で2018年1月15日、筆者撮影
「らんじょー、らんじょー」と叫びながら、村の消防団の男たちが松の薪(たきぎ)で境内の庁屋(ちょうや)の壁を力の限りにバタバタと叩く。5メートルほどもある大松明のてっぺんまで紐でつながれた木の御舟によって火が運ばれ点火され、火の粉が勢いよく天に昇るとほぼ同時に、五穀豊穣をつかさどる「幸法(さいほう)さま」が庁屋から境内の庭に飛び出し、軽やかに舞い始める。
1月14日の夕方から15日の朝にかけて、長野県阿南町の伊豆神社で行われる「新野の雪まつり」の山場の一つである。
金田(かなだ)宮司の話によると、庁屋の板壁を天照大神がお隠れになった天の岩戸に見立て、神の登場をうながすためにこの「乱声(らんじょう)」が行われるのだという。まるで、異界との境界を突き破らんとしているかのようだ。
幸法を皮切りに、おみくじによって村人の中から選ばれた演者たちが、様々な面や衣装をつけ庁屋から現れる。舞台が特別に設けられているわけでもなく、境内の庭で夜を徹して芸能が繰り広げられる。
カメラマンはにじり寄り、村人たちは演者をはやし立てる。赤頭巾をかぶった脳天からのぼる湯気の音が聞こえそうなくらい、観客は間近に神を取り巻く。
凍てつく森に張られた結界の内で、この世ならざるものと人間の境界は取り払われ、夜明けまで戯れる。
シリーズの他のコラムを読む
- (1)鬼のどくろの唸り声
- (2)河童襲撃アラート
- (3)神を運ぶポリフォニー
- (4)境界突き破る「乱声」