旅・いろいろ地球人
驚異と怪異の迷宮へ
- (3)キワの気配を展示する 2019年10月19日刊行
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山中由里子(国立民族学博物館教授)
特別展「驚異と怪異――想像界の生きものたち」の「聞く」の部屋=大道雪代さん撮影
人間がこの世のキワにいるかもしれない存在の気配をまず感じ取るのは、目はなく、耳である。正体の分からないものから、聞こえるはずのない異常な音がする。後に「小豆洗い」、「天狗倒し」などといった名づけがされ、特定の姿で描かれるようになる妖怪も、もとは耳で感じとられた異音である。こうした、この世ならざるものとの出会いの原体験の不気味さは、それが目に見える姿かたちを持ってしまうと、どうも薄れてしまう。
しかし、博物館で、実体のないものを、形のないまま展示するにはどうしたらよいか? この課題に挑戦した実験が、特別展「驚異と怪異――想像界の生きものたち」第二部にある「聞く」の部屋である。
一階の第一部で、世界中の霊獣・幻獣・怪獣のさまざまな姿かたちを見た後、階段を上がると黒いカーテンから、怪しげな音が漏れ聞こえてくる。その奥の薄暗闇に入ってゆくと、常ならざる音や声が多方向から響く音空間に包まれ、その音に合わせて、幾重もの白い文字が目の前に揺らぐ。
ここで流しているのは、カミ/神、霊といった見えない力に人間が接する場で、音が重要な役割を果たす祭りや神事で収録した音である。そこに、動くオノマトペ(擬音語・擬態語)を加えただけの比較的シンプルな仕掛けなのだが、あの世とこの世のキワに浮遊するような不思議な空間となっている。
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