国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

中国ムスリムと食

(5)共食の現在  2020年8月29日刊行

奈良雅史(国立民族学博物館准教授)


イスラームの祭礼で犠牲に供される牛=中国・雲南省箇旧(こきゅう)市で2016年9月、筆者撮影

中国でも7月末、イスラームにおける主要な祝祭のひとつであるイード・アルアドハー(犠牲祭)が行われた。この祭礼は、預言者のひとりイブラヒーム(アブラハム)がアッラーの命に従い、息子をアッラーに捧げようとした際に身代わりに羊を与えられたという伝承に基づくもので、それを記念して羊や牛を犠牲に捧げ、一族などでその肉を食べて祝う。

供犠を行った家では犠牲獣を使ったご馳走が作られ、親族や友人と共にそれを食す。羊の場合、「手抓(手掴み)羊肉」と呼ばれる骨付き肉の煮込み料理が作られることが多い。

ただ、その際、私のようなムスリムでない者がいると、物議を醸す場合がある。犠牲に供された動物の肉を非ムスリムに食べさせてよいかどうかで意見が分かれることがあるのだ。高齢者のあいだでは食べさせてはいけないとする意見があるが、若い世代の回族はそれほど気にしない傾向にある。

回族は伝統的にモスクの周辺に集住し、凝集性の高いコミュニティーを形成してきた。しかし、1978年に始まった改革開放以降、社会の流動性が高まり、回族と非ムスリムとの混住化が進んでいる。

食は重要なエスニック・マーカーのひとつだ。宗教的・民族的境界を顕在化させる。しかし、同時に食は共食を通じて他者を包摂する契機を内在させてもいる。

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