国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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沖縄の年中行事と歌

(2)消えゆく伝統歌唱  2021年2月13日刊行

岡田恵美(国立民族学博物館准教授)


会場に掲示された黒島・東筋(あがりすじ)集落の綱引き歌の歌詞=2019年2月、筆者撮影

沖縄県で唯一、旧正月に綱引きが行われる八重山諸島・黒島。かつては民謡の宝庫と言われ、綱引き行事も南北の交互唱による<正月ユンタ>から始まる。ユンタとは、日常の労働を歌った八重山民謡の一種。その冒頭の歌詞「今日が日ば元ばし/黄金日ば元ばし/ううやき世ばなうれ」(キユガピバムトゥバシ/クガニピバムトゥバシ/ウウヤキユバナウレ)は、元日の今日、豊穣を願うという歌意である。

歌詞は会場に掲示されるものの、全てを歌唱できる島民は減少しつつある。かつて琉球王府の支配下で重い人頭税を抱え、相互扶助が生命線であった時代には、日々の協働作業の中に共に歌う行為や歌が生きていた。だが、畜産業や民宿業が主流の現在の黒島において、共に歌唱する機会は限られている。日本全体を見ても、労働歌が本来の脈絡で歌われることはない。

また倫理観の変化に伴う、歌の消滅も各地で見られる。綱引きのような年中行事では、自集団の力を誇示して他集団を揶揄する行為は珍しくなく、それを歌唱に発展させた「ガーエー歌」は競争原理に基づく年中行事では不可欠であった。しかし、時代的な倫理観の変化から、ガーエー歌は歌われる機会を失いつつある。消えゆく伝統歌唱をどのように記録し、次世代へ継承していくのか、その挑戦が今、問われているように思う。

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(2)消えゆく伝統歌唱
(3)海人と糸満ハーレー