旅・いろいろ地球人
緑薫る
- (1)野草ににじむ郷愁 2013年5月2日刊行
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菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)
春の野に出(い)でて若菜摘む=イスラエル、ファッスータで、著者撮影日本で若葉の季節といえば5月だが、東地中海沿岸地域では雨季に相当する冬と、それに続く短い春こそが、緑の季節である。花崗岩(かこうがん)がむき出しの赤茶けた大地が一面緑に染まり、クロッカスやアネモネが、可憐(かれん)に顔をのぞかせる。冷たい雨と底冷えする寒さに身を震わせながらも、人びとの表情は晴れやかだ。水の貴重なこの地において、雨こそはすべての恵みの源にほかならない。
大地を覆う野草類は、見て美しいだけではなく、舌で味わうのもよいものだ。市場に並ぶ野草類は飛ぶように売れ、人びとの胃袋に収まってゆく。アラビア語でホッベイゼと呼ばれる、円形の葉が特徴的なウサギアオイは、刻んだタマネギと一緒に炒め物にする。口に含むと、ほろ苦さのなかに滋味深い雨と土の香りがする。ホウレンソウはレモン風味のシチューに。花ごと束ねられたシクラメンの葉は、コメを巻いて炊くのだという。
最近はビニールハウス栽培ばかりで野菜の風味が落ち、旬もいつか分からなくなったと人びとは嘆く。しかしその言葉の裏には、もとは農民でありながら、家業を放棄して街に出稼ぎに来た彼らの悔恨がにじんでいる。野趣豊かな雨期の野草類は、そんな彼らの郷愁をかきたてるのであろう。
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