国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Bolivia  2013年5月24日刊行
齋藤晃

● ユネスコの遺産登録への道のり

今年もまた、ユネスコの世界遺産登録の時期が来た。日本からは富士山が文化遺産として登録される見込みだという。このニュースを聞いて、昨年登録されたボリビアの文化遺産のことを思い出した。ただし、有形ではなく無形である。

1990年代、わたしはボリビア低地のモヘニョという先住民のあいだでフィールドワークを行った。彼らは17・18世紀、イエズス会宣教師の指導のもとカトリックに改宗し、現在でも宗教色の濃い文化を実践している。その顕著なあらわれは町の守護聖人祭である。なかでもサン・イグナシオという町の祭は、規模の大きさや踊りや音楽の多様さで有名である。この祭が昨年、無形文化遺産に登録されたのである。

登録活動で中心的役割を果たしたボリビアの研究者によれば、最初の働きかけは先住民からだった。大規模な祭を維持するには労力と資金が必要だが、彼らがそれを自前で調達し続けることは困難であり、外部の支援に頼らざるをえない。しかし、政府に働きかけても色よい返事がもらえない。そこで、ユネスコの遺産登録を目指し、国際的認知を勝ち取ろうという動きが生じたらしい。もっとも、彼らの活動は当初、困難を極めた。複雑な手続きの迷路にはまり、事情通を自認する「コンサルタント」に何度も煮え湯を飲まされた。結局、カトリック教会が介入し、前述の研究者との契約をとりもったことで、登録への道はようやく開けたという。

わたしがこの件への協力を要請されたのは、いまから3年前である。書類作成のため、歴史や民族について情報を提供してほしい、ということだった。わたしが知っているモヘニョの祭礼は彼らの真摯な信仰心の発現であり、文化遺産という概念からかけ離れていたため、戸惑いはあった。しかし、祭を維持することが年々困難になりつつある事情も理解していたので、協力は惜しまなかった。最終的に彼らの活動が実を結び、ほんとうによかったと思う。祭の知名度が大幅にアップしたことで、問題も生じるかもしれないが、歴史上幾度も苦難を乗り切ってきた彼らなら大丈夫だと信じている。

齋藤晃(先端人類科学研究部准教授)

◆関連ウェブサイト
ユネスコ(該当サイト)
ボリビア多民族国(日本国外務省ホームページ)