国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Sakhalin  2006年2月17日刊行
朝倉敏夫

● サハリンのバザールで

戦後の樺太=サハリン。人口60万人といわれるこの地に、朝鮮半島の出身者がおよそ5万人もいることをご存知でしょうか。戦前、朝鮮が日本の植民地となり、主に炭坑での労働力としてこの地にかり出され、戦後、「日本人でない」という理由で遺棄された人。戦中、沿海州を中心としたシベリア全域から中央アジアへ強制的に移住させられ、戦後、教師やソ連軍の通訳、警察官などとして送り込まれた人。戦後、ソ連と北朝鮮との密接な関係の中で、北朝鮮からやってきた契約労働者。そして最近、石油・天然ガスの巨大プロジェクトが動き、韓国系資本によるビルやホテルの建設が相次ぐ中で、韓国からやってきた人。その構成はかなり複雑です。

私は北海道開拓記念館の「在サハリン朝鮮民族の異文化接触と文化変容に関する基礎的研究」のため、昨年11月にサハリンの州都、ユジノサハリンスクに行ってフィールド・ワークをしてきました。

フィールド・ワークの楽しみの一つは、バザール(市場)めぐりです。駅近くのバザールは、食料品を売るロシア人、衣料品を売る中国人、そして惣菜やキムチを売る朝鮮人などでごったがえしています。その惣菜はロシア風ではなく、鮭やホタテ貝、ゼンマイなど、この地でとれるものを活かした朝鮮(韓国)料理で、キムチはトウガラシや薬味をたくさん入れた赤くて辛いものではなく、あっさりとした北朝鮮風のキムチです。ロシア人の売る食料品の中には、ケチャップ、マヨネーズ、インスタントラーメンをはじめ韓国製の加工食品がたくさんあります。

別のバザールに行くと、白菜を車で運んできて、1キロ当たり4~5ルーブル(約20円)で売っている中国人に出会いました。彼らはペレストロイカ以降、サハリンにやってきて、農園で野菜を栽培しています。この白菜を大量に買い、キムチを漬け、売っているのが朝鮮人です。そして、ロシア人が、これを買って食べているのです。

私はロシア・サハリンの地で一所懸命に暮らす、たくさんの中国、北朝鮮、韓国の人たちに出会いました。一方、道には日本の広告を車体に残したままの日本の中古車が目につくものの、日本人の姿はほとんど見かけませんでした。北東アジアに目を向けずにいると、日本が「仲間はずれ」になってしまうのではないかと感じたのは、私の思い過ごしでしょうか。

朝倉敏夫(民族社会研究部教授)

◆参考サイト
外務省ホームページ 各国・地域情勢:ロシア連邦
在ユジノサハリンスク日本国総領事館ホームページ
稚内市ホームページ:サハリン情報