国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Greenland  2008年11月19日刊行
岸上伸啓

● はるかなるグリーンランド

グリーンランドのヌークで2008年8月下旬に開催された第6回極北社会科学国際会議に参加した。この会議は、周極地域を研究対象とする社会科学者の国際的な研究集会である。

国際極地年を記念した今回の会議には22カ国から375人の研究者が集まり、44のセッションに分かれて周極地域における「経済的持続可能性と気候変動」や「経済開発」、「新宗教」、「強制移住」などのテーマを中心に250以上の報告が行われた。今回の会議で印象的だったのは、経済学者らは極北先住民の経済や社会についてマクロで、統計的な観点から理解しようとする傾向がある一方、文化人類学者はミクロで、質的な観点から理解する傾向があり、両者には大きな差異が存在していることであった。

8月下旬のヌークの気温は摂氏3度前後で、午前5時前には太陽が昇り、沈むのは午後8時以降である。このため、毎日、会議の前後にヌークの街中を散策することができた。

グリーンランドはデンマークに属している自治領である。人口は約5万5千人であり、そのうちの約8割がイヌイットである。その首都であるヌークには約1万5千人が住んでおり、世界で一番小さな首都であるといわれているが、イヌイットの集住地としては世界最大規模である。

旧市街地には、国立博物館、ミートマーケット、教会、古い家並みがあり、かつての様子をしのばせる一方で、ダウンタウンには近代的な大型ビルが建設されている。住宅地は郊外へと広がりつつあり、水色や茶色、赤色、黄色など色彩豊かな壁をもつ住宅やアパートが並んでいる。眺めるだけで楽しい気分になる。また、車社会であるが、とくに日本車が多いのには目を疑うばかりである。

驚くことに物価は日本の約2倍であるが、ヌークには多数の職があり、住民はかなりの現金収入を得ながら生活している。これまで北アメリカの極北村を訪問してきた私には、おなじイヌイットの町でありながら、都市化と近代化が進んだヌークの風景がまったく異なるものに見えた。

グリーンランドへ空路で行くには、便数が限られているうえに、ヌークへの接続が悪く、大阪への帰りは、3ヵ所の乗り継ぎ空港での待ち時間が合計13時間以上、機中で2泊という強行軍であった。グリーンランドはほんとうに遠いと実感した。しかし、はじめて行ったグリーンランドでの見聞は、会議以上に私のイヌイット観を変えてしまうぐらい刺激的だった。

岸上伸啓(先端人類科学研究部)

◆関連ウェブサイト
国際集会派遣の成果報告
外務省ホームページ・デンマーク