国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

蚊遣り具  2006年8月16日刊行
加藤謙一

熱帯夜続きの近頃、ただでさえ寝苦しいのに耳元にやってくる「ブ~ン」という高い羽音はいやなものだ。この寝床への侵入者の正体はご存じ、蚊である。蚊は刺されたときのかゆみばかりでなく、日本脳炎のようなウィルスの感染源であることもあり、日本では彼らを寄せ付けないための様々な工夫が生活の中で凝らされてきた。その中には、日本のメーカーが開発して世界に広まっている蚊取り線香や、『日本書紀』にも登場し、近年は熱帯地域のマラリア対策に大いに活躍している蚊帳に代表されるように、日本の蚊よけ文化は海外でも着実に受け入れられているのである。

今回ご紹介するオタカラも日本独特の道具といえるが、残念ながら現在では使われることはなくなっている。蚊遣り具は、カビやカブなどと呼ばれ、山仕事などの際に蚊やブヨを寄せ付けないための携帯型の虫除けとして全国的に使われていた。木綿やヨモギをワラで包んで筒状にし、先端に火を付けて腰から下げる。発生する煙やにおいに虫を寄せ付けない効果があった。火が服に燃え移るのではと心配になるが、ぶら下げる位置を変えたり、服と蚊遣り具の間に木や竹を挟むなどの工夫をしていたそうだ。これらの蚊遣り具は現在開催中の企画展「みんぱく昆虫館」でご覧いただくことができる。人類がその生活から虫を遠ざけようとしてきた営為の一端を会場でご確認いただきたい。

ちなみに大手蚊取り線香メーカーの方から聞いた話によると、欧米では虫除けといえばスプレー式の殺虫剤を使った一時的な対処が一般的なようで、蚊取り線香のように部屋で煙を発生されて蚊の嫌う環境を作り出すという方法はなかなか受け入れられないのだそうだ。日本の「焚く」虫除け文化は、蚊遣り具以降も蚊取り線香や最近の殺虫液を気化させるタイプのものにも受け継がれている。そこには虫除けをめぐる文化の違いが横たわっているようで興味深い。

加藤謙一(機関研究員)

◆今月の「オタカラ」
【1】標本番号:H0015544 / 標本名:蚊遣り具(愛知県)
【2】標本番号:H0015582 / 標本名:蚊遣り具(東京都)
【3】標本番号:H0016517 / 標本名:蚊遣り具(宮崎県)
【4】標本番号:H0016798 / 標本名:蚊遣り具(高知県)
【5】標本番号:H0018624 / 標本名:蚊遣り具(鹿児島県)

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【1】蚊遣り具(愛知県)

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【2】蚊遣り具(東京都)

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【3】蚊遣り具(宮崎県)

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【4】蚊遣り具(高知県)

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【5】蚊遣り具(鹿児島県)

◆関連ページ
企画展「みんぱく昆虫館」(2006年7月13日~9月5日)