国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

多元的共生空間の創成に関する研究

共同研究 代表者 横山廣子

研究プロジェクト一覧

目的

今日の社会の新たな課題は、生産性と効率を重視する従来の価値観のみの追求ではなく、一定の経済発展を維持しつつ、さまざまな個性が共に幸せに生きる多元的共生社会を育てていくことである。それは個人にとっては各人が他者との関係の中でその可能性を十分に発揮し、自己実現を通して充足感を持てるような社会であり、社会の側に立てば、多様な特徴を持つ人々の異質な能力を導き出し、矛盾や対立を調整して彼らが共に生きることを可能にする市民社会である。この多元的市民社会の形成につながる多元的共生空間をいかに創成しうるか、人類学とその隣接諸学科の視点から研究する。具体的にはボランティア組織などの集団、公共的建築物、日常的な生活の場、人々のネットワークなどを対象として、多元的共生空間の創成の条件やそれを阻む障害とその克服を具体的事例に即し、理念や価値観あるいはものの考え方、社会的なしくみや制度、あるいは経済性や技術までをも含めて多面的に研究することで、新しい知見が得られる。

研究成果

本研究における一番目の大きな柱は、何らかの意味で少数派におかれているゆえに、社会的空間への参与が多数派より難しくなっている人々を含み込む多元的共生である。

この研究は、まず、身体的なハンディキャップによる困難の問題を含むことを念頭におきながら、博物館を共生の場とする二つの形で進められた。第一は、平成17年度から毎年開催したダンス・ワークショップの実践とともに展開した。年齢、性別、障がいの有無、経験の違いなど多様な人々が、共に民博の展示からダンスを創作するプロセスに関する研究である。そこには、展示されている文化の側の人々と創作する側の人々との関係、あるいは異文化理解という別の次元での多元性の問題も包含されている。第二は、博物館のユニバーサル化に関わる研究である。これら二つの実践的研究を通して、多元的共生空間としての博物館の可能性に関する具体的方法が示されると同時に、今後の課題が明らかになった。また、学習の効果促進や音楽などを楽しむために、多感覚を活用する情報装置の開発研究が、個々人の可能性を広げると同時に個々の能力格差を埋め、多くの人々の参加を可能にさせることが明らかになった。博物館での活用も検討できる課題である。

このほか、少数派の民族や文化に関わる研究としては、中国の小規模民族集団や日本のアイヌの人々の現状の理解と多元的共生を阻む問題点について、比較の視点に基づく研究が進められた。それにより、法律や行政措置とともに教育の重要性が認識され、その実践にかかわる研究の必要性が明らかになった。公害被害にかかわる運動を通しては、地域行政側との新たな関係の構築が問題解決に一定の進展をもたらすと同時に、問題の風化をも招いており、記憶にかかわる共生空間という課題が浮かび上がった。

二番目の柱は、家族や近隣あるいは地域共同体などに関して、近年の変化をとらえ、多元的共生を考える研究である。ここでは伝統的な祭りや「茶館」などが地域性豊かな多元的共生空間として捉え直される一方、従来とは異なる新しい家族・地域の人々の共生型集住やコミュニティ空間の創成の試みが分析された。参与する人々の個性の発揮とその接触が、娯楽を含めて確保できるゆるやかな空間であることが認められた。娯楽や笑い、道化の存在が病気治療において効果を上げているという研究は、人間の多面性への理解をまた一つ加えるものであり、多元的共生空間の創成において考慮すべき要点であることが確認された。

このほか、学問としての多元的共生の課題が日本民俗学において検討され、柳田民俗学の経緯や一国民俗学の批判を乗り越える研究の可能性が検討された。

2007年度

研究成果とりまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 笹原亮二、佐藤浩司、出口正之、林勲男、平井京之介、広瀬浩二郎、三尾稔、横山廣子
【館外研究員】 片多順、川崎末美、佐藤裕紀子、周星、杉田繁治、西洋子、福田アジオ、藤田眞理子
研究会
2008年3月14日(金)13:30~18:00(第1演習室)
2008年3月15日(土)9:30~12:00(第2演習室)
平井京之介「運動と記憶:水俣病患者支援団体の挑戦(仮題)」
横山廣子「多元的共生空間から掛川祭りを考える」
朱安新「麗江古城を事例に、人々の共生空間を考える」
研究成果

最終年度にあたり、個別研究の成果を確認する議論をおこなうとともに、個別研究間で関連する問題点や今後の課題について話し合った。

少数派の人々にかかわる問題群については、法律や行政措置の整備とともに教育の重要性が認識され、その実践にかかわる研究の必要性が明らかになる一方、運動を通しての問題解決においては、地域行政側との関係の構築が一定の成果をもたらすと同時に、問題の風化をも招いており、記憶にかかわる共生空間という課題が浮かび上がった。

家族や近隣あるいは地域共同体などに関する問題群については、伝統的な祭りや「茶館」などが地域性豊かな多元的共生空間として捉え直される一方、従来とは異なる新しい家族・地域の人々の共生型集住やコミュニティ空間の創成の試みについて研究が展開し、参与する人々の個性の発揮とその接触が、娯楽をも含めた多面的な活動において確保できるゆるやかな空間であることの重要性が認められた。また、観光化などによる住民の移動が、従来のコミュニティを解体し、コミュニティ空間の成立自体を困難にしている問題も確認された。

このほか、日本民俗学における学問としての多元的共生を乗り越える研究の可能性が検討され、また多感覚を活用する情報装置の開発研究が、個々人の可能性を広げると同時に個々の能力格差を埋め、多くの人々の参加を可能にさせることが明らかになった。

2006年度

年間4回の共同研究会を開催し、共同研究会メンバーに加えて、必要に応じて共生空間にかかわる現場の実践者あるいは外部からの特別講師を交えて研究報告と討論をおこなう。本研究は本館機関研究としても位置づけられており、機関研究の枠組において実施される活動とも連動させながら研究を実施する。

2年半計画の最後の1年に当たる本年度は、成果のとりまとめに向けて、共同研究会メンバー以外の国内外の研究者、実践者を含めて広く議論を深めるために、ワークショップあるいはシンポジウムを年間1回程度、実施したい。

【館内研究員】 笹原亮二、佐藤浩司、出口正之、林勲男、平井京之介、廣瀬浩二郎、三尾稔
【館外研究員】 片多順、川崎末美、佐藤裕紀子、周星、杉田繁治、西洋子、福田アジオ、藤田眞理子
研究会
2006年12月9日(土) / 10日(日)9:30~(展示場・2階セミナー室・エントランスホール)
公開ワークショップ「ダンスで出会う・ダンスでつながる」実施にかかわる打ち合わせと今後の課題の検討
2007年2月17日(土)13:30~(第3セミナー室)
公開共同研究会 → プログラム等詳細
馬場雄司「"笑い"の『ちんどんセラピー』における多元的共生空間」
八田勘司「ちんどんセラピーが認知症患者に与える生理的変化」
高田佳子「多元的共生空間におけるトリックスター"ケアリングクラウン"の活動報告」
2007年3月3日(土)13:30~(第3セミナー室)
公開共同研究会 → プログラム等詳細
延藤安弘「ふれあって育つコーポラティブ住宅の可能性 ―人間と環境の構造的カップリング―」
嶋崎東子「コレクティブハウジングと家族・地域」
川崎末美「学校を基地にした多元的共生空間"秋津コミュニティ"とその可能性」
佐藤裕紀子「共生型居住は生活満足感を高めるか~実証研究の枠組の提案~」
研究成果

昨年度に引き続き、機関研究と連動する多様な人々が参加するダンス・ワークショップを実施する上で、民博の展示からダンスを創作するプロセスについて、テーマの設定や提示の方法、グループの構成の仕方の研究を進め、12月に実施したワークショップにおいてその成果が認められた。参加者の個別研究の中で、多元的共生空間の装置としての笑いやトリック・スターについて、コーポラティブ住宅やコレクティブハウジングなどの共生的居住空間について特別講師を交えて公開共同研究会を開催した。それにより広範な視点で議論を展開するとともに、研究成果の外部への発信において一定の成果をおさめた。

2005年度

【館内研究員】 笹原亮二、佐藤浩司、出口正之、林勲男、平井京之介、広瀬浩二郎、三尾稔
【館外研究員】 片多順、川崎末美、佐藤裕紀子、周星、杉田繁治、西洋子、福田アジオ、藤田眞理子
研究会
2005年5月9日(月)13:00~(第1演習室)
横山廣子「多元的共生空間創成の実践」
西洋子・角田幹子「創作ダンスを通したインクルーシブ・フィールドの実践
2005年7月2日(土)13:30~(第1演習室)
五島智子「Dance & Peopleの活動より ─ 障害のある人とコンテンポラリーダンサーの出会いから見えてくる『多様な身体の可能性』について」
広瀬浩二郎「障害者文化とバリアフリー ─ 『視覚障害者文化を育てる会』の過去・現在・未来 ─」
2005年11月12日(土)13:30~ / 13日(日)9:45~(展示場・2階セミナー室・エントランスホール)
公開シンポジウム「ダンスで出会う・ダンスでつながる」ならびに公開シンポジウム「共生の現場から2005~フィールドワークで探るユニヴァーサル社会の未来」に共同研究会として参加
2006年3月11日(土)10:00~(第6セミナー室)
公開研究会『公開ワークショップ「ダンスで出会う・ダンスでつながる」(平成17年11月12、13日実施)の成果・課題・可能性の検討』
2006年3月24日(土)13:30~ / 25日(日)10:00~(第4セミナー室)
国際研究フォーラム「小規模民族集団の現状と課題-東アジアにおける多様な文化の共生-」に共同研究会として参加
研究実施状況

本共同研究は、本館の機関研究「多元的共生空間の創成に関する研究」と連動して実施するものである。今年度は障害の有無との関わりの中で共生空間について考えることを研究の柱の一つとすることとし、研究成果の中間的なまとめと公開、社会との連携を目指して11月にシンポジウムならびにワークショップを開催することを決定した。それに向けて5月と7月に2回研究会を開催し、東京を中心とする「みんなのダンスフィールド」の創作ダンスを通したインクルーシブ・フィールドの実践、関西地区を中心とする「Dance & People」の障害のある人とコンテンポラリーダンサーとの出会いの空間における共生、日本における視覚障害者をめぐる社会状況の変遷に関する報告と討議をおこなった。後述するように、公開ワークショップならびにシンポジウムを11月に開催し、公開ワークショップの成果と課題、可能性について3月に共同研究会を実施し、検討した。

多民族の共生空間に関する研究については、広いパースペクティヴからの比較が有効であり、後述する国際フォーラムを年度末に開催することを念頭に、共同研究参加者の関連の個別テーマによる研究を進めた。

このほか各共同研究参加者が各個別テーマの研究を進めた。

研究成果の概要

前述したように、本年度は障害の有無との関わる共生空間の諸問題を重点的研究課題とし、当該テーマを専門とする特別講師も加えた参加者全員で日本の現状について討議した。障害者を含めたダンスあるいはその他の芸術活動においては、障害者福祉か芸術かといった二者択一で活動を定義づけようとする世間一般の見方があり、そのことが活動の枷になりうる現実が確認できた。しかし他方、福祉の枠組みから援助資金が得られる制度を積極的に利用して活動基盤を整備せねばならない現実もある。また、ユニヴァーサル化と多元的共生との関係を事例研究を通してさらに検討する必要性が確認できた。

民族的共生については、3月に実施した日本のアイヌと中国の小規模民族集団の現状に関する国際研究フォーラムなどを通じ、民族的共生に関する日本の現状は、国際的に見て、理念や現実に関する人々の共通理解とそのための教育という点で立ちおくれていることを改めて確認した。

共同研究会に関連した公表実績

公開ワークショップ「ダンスで出会う・ダンスでつながる」ならびに公開シンポジウム「共生の現場から2005~フィールドワークで探るユニヴァーサル社会の未来」を11月12、13日に実施した。公開シンポジウムの成果を冊子媒体で公開するため、討論内容を文字化し、編集する作業を現在、始めている。また、2日間の公開ワークショップの状況はNHKの関西ニュースいちばんにおいて11月15日に約5分間紹介された。ワークショップならびにシンポジウム全体の映像記録を本館において合計2時間余りの作品に編集した。この映像作品はさらに本館のマルチメディアのコンテンツとして広く来館者に公開することとし、目下、そのために必要な作業を進めている。ワークショップ部分については共同研究会館外メンバーで、「みんなのダンスフィールド」代表の西洋子氏が『月刊みんぱく』2006年2月号に「ミュージアムは『聲の森』」を執筆した。

多民族の共生空間に関する研究を中国と日本の小規模民族集団に焦点を当てて公開の場で検討、討議するために中国から3名の研究者を機関研究経費で招へいし、3月24、25日に公開国際研究フォーラム「小規模民族集団の現状と課題-東アジアにおける多様な文化の共生-」を開催した。

2004年度

【館内研究員】 笹原亮二、佐藤浩司、出口正之、林勲男、平井京之介、広瀬浩二郎、三尾稔
【館外研究員】 片多順、川崎末美、佐藤裕紀子、周星、杉田繁治、西洋子、福田アジオ、藤田眞理子
研究会
2004年12月11日(土)13:30~(第1演習室)
横山廣子「NPO法人スローライフ掛川と市民活動」
「掛川ワークショップ参加者による報告と全体討議」
「今後の個別研究計画と全体研究計画に関する議論」
2005年2月14日(月)13:30~(第1演習室)
西洋子「“共にある”ことで生まれるもの・無くなるもの~さまざまなからだとこころとの出会いから~」
「全体の研究計画と各自の研究計画についての報告とディスカッション」
研究成果

共同研究の初年度に当たり、本研究の目的や基本的概念ならびに各研究参加者の個別研究テーマについて全員で討議をし、それによって共同研究を進める上で基礎となる共通理解を得ることができた。掛川と東京において開催したワークショップにおいては、それぞれ本研究メンバー5~6名が活動の実践者との交流を行い、現在の日本社会における多元的共生を実現する上での課題について認識を深めた。東京でのワークショップならびに今年度の各自のテーマ研究をふまえて、来年度には共同研究会開催に加え、機関研究の枠組みを利用して研究成果の社会還元を目指す公開ワークショップならびに国際ワークショップを開催する計画を作成した。