国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

災害に関する人類学的研究

共同研究 代表者 林勲男

研究プロジェクト一覧

目的

本研究の目的は、第一に、自然科学者と人文・社会科学者による自然災害に関する共同研究を実施し、自然災害と社会・文化の関係のあり方を具体的事例に則して民族誌的に研究すること、第二に、主として自然科学者によって担われてきた防災学における社会文化研究領域の拡充を図り、学際研究としての防災学に対し、その方法や成果の再検討も含めて、人類学から寄与することである。言い換えれば、人文社会科学に視座を設定したうえで見いだされる、社会・文化に影響を与える自然災害と人間との関係を考察し、さらに自然災害に対する社会の対応力(防災力・減災力)向上に人類学的研究からの貢献を検討することにある。

研究成果

本共同研究では、多分野の研究者が参加し、災害の持つ多面性に現地調査を重視したアプローチをとることによって、災害研究における人類学的研究の可能性、とりわけ社会の対応力向上への貢献について検討した。結果としては、国際機関やNGOなどの支援活動やマスメディアの報道活動が被災地にもたらす影響や、過去の災害からの教訓抽出を含む防災活動などを、コミュニティ防災が重視されている現状からみても、地域コミュニティ・レベルに焦点を当てた調査研究によって、その詳細を明らかとすることが、人類学的視点や調査方法が最も活かせ、同時にこれらの活動の評価にもつながり、災害対応力の向上にも貢献するとの認識を得た。

機関研究として実施した公開フィーラムへの共同研究会としての参加を含めると、合計14回の研究集会を開催し、40件の研究報告をおこなった。機関研究「災害対応プロセスに関する人類学的研究」は本共同研究をベースにし、研究成果公開プログラムとして実施した2004年インド洋地震津波災害に関する3回の公開フォーラムのほか、民博主催の公開講演会、学術公開フォーラム、一般公開フォーラムなどに、共同研究員が報告者・パネリスト・司会として参加し、共同研究に関連する成果発表をおこなった。

本研究開始後に発生した、新潟県中越地震災害(2004年10月23日)、インド洋地震津波災害(2004年12月26日)、パキスタン地震災害(2005年10月8日)、ジャワ島中部地震災害(2006年5月27日)、ソロモン諸島地震津波災害(2007年4月2日)、スマトラ島南西部沖地震災害(2007年9月12日)などの突発災害については、現地調査を実施した共同研究員あるいは特別講師に調査報告をしてもらい、被災地の現状と課題についての情報共有化を図った。

日本学術会議「地球規模の自然災害に対して安全・安心な社会基盤の構築」委員会(設置期間:平成18年2月13日~平成19年5月31日)に特任連携会員として参加した林(勲)が、答申及び対外報告のとりまとめにあたり、多くの具体的な事例に関する情報提供を含めて、必要に応じて共同研究員に意見を求めることができた点でも、本共同研究の存在は大きかった。

本共同研究をベースとして、人類学者に多分野の研究者を加えた災害研究体制のもと、実績を残してきたことは、科学研究費補助金「大規模災害被災地における環境変化と脆弱性克服に関する研究」(平成20年度~平成24年度)の採択につながったと考える。

2007年度

研究成果とりまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 佐藤浩司、関雄二、野林厚志、林勲男、三尾稔
【館外研究員】 池田恵子、金谷美和、柄谷友香、木村周平、Shaw, Rajib、澁谷利雄、菅磨志保、蘇理剛志、高桑史子、高田峰夫、田中聡、玉置泰明、津上誠、寺田匡宏、林春男、深尾淳一、牧紀男、森栗茂一、山本博之、渡辺正幸
研究会
2007年5月12日(土)13:00~19:00(第3セミナー室)
2007年5月13日(日)13:00~19:00(第3セミナー室)
佐藤浩司「ニアス島調査報告(+アチェ&ジョグジャカルタ)災害はいかに語られるか」
柄谷友香「タイにおけるインド洋津波後の観光業の復興」
2007年9月29日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
西芳実「スマトラ沖地震・津波から1000日後のアチェ」
三牧純子「地域防災力の向上要因に関する研究-高知県西南部豪雨災害被災地の事例から-」
研究成果

近年の災害研究では、被災者や災害対応専門家に聞き取り調査を実施し、災害直後から復興期にかけての経験を収集し、災害プロセスの全体像をより正確に把握するとともに、防災・減災のための教訓を抽出する調査が行われている。いわば経験知を集積し、構造化することにより、防災・減災という実践に生かす方策が検討されているわけである。防災学の分野では、一般に「災害エスノグラフィ」と呼ばれている。本年度の研究会での報告では、この「災害エスノグラフィ」の調査の位置づけが焦点となった。災害経験者(被災者とは限らない)による語りを、単に行政や支援組織による報告書には現れない災害の一面を捉える手段とのみ考えるのではなく、語りの背景となる個人史や社会・文化的要素に関心を持ちつつ語りを扱うことによって、災害経験を個人がどのようにとらえ、その中から何を他者に伝えようとしているかが理解できるであろうが、それが社会の災害対応力の向上にいかに結びつくかは、研究者による仕掛けづくりが必要であろう。Tell-NETなどすでに緒についた活動もある。

2006年度

本年度は5回の研究会を開催する。突発災害ならびに常襲災害の社会・文化への影響、災害の記録・記憶の問題、災害援助が被災地の経済や政治権力構造とどのような結びつきを示すかなど具体的に検討したい。2004年12月に発生したインド洋津波災害については、被災地の復旧・復興過程や津波防災にむけての地域コミュニティから国際機関等の動きに関して、国内外の他の研究グループと連携を図りながら、本研究会でも継続的に注視していく。そのためのメンバーの補充も行なう。また、被災地における復興支援と防災開発においてキーワードとなっている「コミュニティ」に焦点を当てた拡大研究会もしくは研究フォーラムの開催を計画する。

【館内研究員】 佐藤浩司、関雄二、野林厚志、三尾稔、山本博之
【館外研究員】 池田恵子、柄谷友香、金谷美和、木村周平、Shaw, Rajib、澁谷利雄、菅磨志保、蘇理剛志、高桑史子、高田峰夫、田中聡、玉置泰明、津上誠、寺田匡宏、林春男、深尾淳一、牧紀男、村上薫、森栗茂一、渡辺正幸
研究会
2006年5月13日(土)14:00~(第3セミナー室)
子島進「2005年パキスタン大地震へのNGOの対応」
 →報告要旨 [PDF]
田中聡「10.23新潟県中越大地震からの教訓」
2006年6月17日(土)13:30~(第7セミナー室)
高島正典「ジャワ島中部地震の調査報告」
岡野恭子「2003年イラン南東部地震被災地バムの復興過程と今後の課題」
森田豊子「コメント」
木村周平「未来の呼び声に応える:トルコ・イスタンブルにおける地震とコミュニティ」
村上薫「コメント」
2006年7月22日(土)13:30~(第6セミナー室)
Shaw, Rajib "Post Disaster Reconstruction Learning of Indian Ocean Tsunami Desaster"
林勲男「防災と「コミュニティ」-南海地震に備える串本町・自主防災組織の活動」
2006年10月21日(土)13:00~(グランキューブ大阪(大阪国際会議場))
シンポジウム「実践としての文化人類学-国際開発協力と防災への応用-」への参加
2006年11月18日(土)13:00~ / 19日(日)8:00~(坂地(和歌山県東牟婁郡串本町くじの川))
林能成「三河地震の記憶から防災へ」
 →報告要旨 [PDF]
蘇理剛志「震災モニュメントの11年-阪神・淡路大震災の被災地から-」
寺田匡宏「ミュージアムにおける「負の記憶」の表現と伝達について」
 →報告要旨 [PDF]
研究成果

本年度は、災害リスクをめぐるコミュニティの活動、災害の記憶と記録、被災地の緊急対応と復興支援に関する研究報告に加え、パキスタン地震(2005年10月8日)とジャワ島中部地震(2006年5月27日)の二つの突発災害について特別講師に調査報告をしていただいた。また、11月に和歌山県串本町で開催した折に、過去の南海地震の史跡や、将来の防災のための施設や取り組みについて、行政担当者からの説明も含めて直接見聞できたことは、災害リスクとの共存の中での住民生活の一端を知り得て意義深かった。

10月に大阪で開催した一般公開フォーラム「実践としての文化人類学―国際開発協力と防災への応用―」は、リスク・マネージメントとしての防災も広い意味では開発事業に含まれ、特に日本に対しては支援の要請が多いため、共同研究会のメンバーも強い関心を持って参加した。

2005年度

【館内研究員】 佐藤浩司、関雄二、野林厚志、三尾稔、山本博之
【館外研究員】 池田恵子、金谷美和、Shaw, Rajib、菅磨志保、蘇理剛志、高桑史子、高田峰夫、田中聡、玉置泰明、津上誠、寺田匡宏、林春男、牧紀男、村上薫、森栗茂一、渡辺正幸
研究会
2005年4月23日(土)13:00~(第5セミナー室)
研究フォーラム「インド洋地震津波災害被災地の現状と復興への課題」
2005年7月30日(土)13:00~(第4演習室)
池田恵子「ジェンダー化された災害脆弱性:バングラデシュ農村女性の洪水・冠水の経験」
 →報告要旨 [PDF]
服部くみ恵「台湾・集集地震被災地における復興活動 ─ 台湾版まちづくり「社区総体営造」との関係を中心に ─」
 →報告要旨 [PDF]
2005年11月26日(土)13:30~(第6セミナー室)
三尾稔「グジャラート大震災とNGO」
 →報告要旨 [PDF]
高田峰夫「災害に関する2つの思考 ─ FAPをめぐる議論を中心に ─」
 →報告要旨 [PDF]
2006年1月8日(日)9:50~(第4セミナー室)
研究フォーラム「2004年インド洋地震津波災害被災地の現状と復興への課題 II
研究実施状況
第1回 平成17年4月23日
研究フォーラム「インド洋地震津波災害被災地の現状と復興への課題」へ共同研究会として参加
本研究会からは、高桑が調査報告者、牧とショウがコメンテータ、林がコーディネータの役割を果たした
第2回 平成17年7月30日
「ジェンダー化された災害脆弱性:バングラデシュ農村女性の洪水・冠水の経験」(池田恵子)
「台湾・集集地震被災地における復興活動 ─ 台湾版まちづくり「社区総体営造」との関係を中心に ─」(服部くみ恵)
第3回 平成17年11月26日
「グジャラート大震災とNGO」(三尾稔)
「災害に関する2つの思考 ─ FAPをめぐる議論を中心に ─」(高田峰夫)
第4回 平成18年1月8日
研究フォーラム「インド洋地震津波災害被災地の現状と復興への課題 Ⅱ」へ共同研究会として参加
本研究会からは、牧と山本(博)が調査報告者、高桑と渡辺がコメンテータ、林がコーディネータの役割を果たした
研究成果

自然災害の被災地では、直後の人道支援から復旧・復興の過程にいたるまで、NGOの活動が活発化してきている。その事実は同時に、他の政府機関や国際機関、さらにはNGO間で活動の連携を図る上での多くの課題を露呈させている。結果的に、支援を必要とする人々に対し、適切な内容とタイミングをはかった支援が行われない現実を生み出している。災害対応におけるこのような問題は、メディアの果たす役割も含めて具体的に考える必要がある。今後は、コミュニティ・レベルに焦点を当てたさらなる調査と、それに基づく議論の必要性が確認された。

共同研究会に関連した公表実績
  • 『民博通信』110号では「特集 災害人類学を考える」を研究代表者が責任編集し、共同研究会メンバーでは、林、ショウ、池田、田中、寺田が分担執筆した。
  • 2005年9月27・28日にインドネシア・ジャカルタにおいて開催されたThe APEC-EqTAP Seminar on Earthquake and Tsunami Disaster Reductionにて、牧がDisaster Reduction Planning in Local Governmentsの演題で、ショウがMason's Association in Gujarat, India:An Innovative Approach of Linking Knowledge and Practice in Non-engineered Construction Through Government-Non-government Partnershipの演題で、林がSharing lessons and Experiences on Tsunami Disaster - Trial Study on Recovery Process from the Aitape Tsunami Disaster -の演題でそれぞれ研究発表をした。
    (Proceedings等の詳細は http://eqtap.edm.bosai.go.jp/apec eqtap/inex.html)
  • 科研費補助金(特別研究促進費)「2004年12月スマトラ沖地震津波災害の全体像の解明」報告書の作成に、高桑、牧、山本、林が参加した。報告書はサイトに掲載。

2004年度

【館内研究員】 岸上伸啓、佐藤浩司、関雄二、野林厚志、三尾稔
【館外研究員】 金谷美和、近藤民代、Shaw, Rajib、菅磨志保、蘇理剛志、高田峰夫、田中聡、玉置泰明、津上誠、寺田匡宏、林春男、牧紀男、村上薫、森栗茂一、渡辺正幸
研究会
2004年10月30日(土)13:00~(第6セミナー室)
全員「本年度研究計画」
林勲男「研究会の趣旨と視座」
金谷美和「震災復興の民族誌の可能性」
2004年12月25日(土)13:30~(第6セミナー室)
津上誠「安全/危機という概念をめぐる文化論的考察」
林春男「危機管理のためのビジネスモデル」
研究成果

災害リスクの軽減化(減災力)を図るプロセスと、災害後の復旧/復興プロセスに焦点を当てて研究会を実施し、以下の点が明らかとなった。

人類学研究による安心・安全・危険の文化的構成の検討は、人間の安全保障に関わる安心・安全な社会の構築、すなわち危機管理の問題であり、そうした国家的な取り組みを意識した研究成果の発信のあり方が必要である。グローバル・イシューあるいはナショナル・イシューへ関心を向け、人類学からの積極的な発言が求められている。

災害救援や復興といった支援活動において、国際機関やNGOの存在は大きく、研究対象としての注目度もますます上がっている。このことは2005年1月に神戸で開催された国連防災世界会議およびその関連プログラムでも明らかである。しかし、そうした支援機関間の活動調整の不備や、被災社会・文化の無理解、ドナー機関へのアカウンタビリティを意識するが故の発信情報と活動実態の落差など、多くの課題を露呈している。現地ならびに国際的な機関やNGOの組織運営や活動をも研究の視野に入れつつ、研究者との連携の計り方をも検討すべきとの意識共有がなされた。

共同研究会に関連した公表実績

田中・牧・林(春)・林(勲)が関わった新潟県中越地震被災地調査に関しては、「社会の災害対応」研究分科会の報告会(2005年3月22日、キャンパスプラザ京都)にて報告をし、科学技術振興機構に対して報告書を提出した。牧・林(春)・林(勲)が関わったスマトラ島沖地震津波災害研究に関しては、京大防災研と協力してインターネット上に専用サイトを開設し、現地調査に必要と思われる情報と調査成果情報の発信をおこなった。報告会は2005年3月25日に神戸・人と防災未来センターで実施し、報告書は現在とりまとめ中である。

また、民博公開講演会「震災10年が問うNGO・NPO-国際協力への提言-」(2004年10月8日、東京・日経ホール)では林(勲)が講演をし、学術公開フォーラム「災害の記憶-災害エスノグラフィーからコミュニティの防災を考える-」(2005年3月23日、大阪・千里ライフサイエンスセンター)では、ショウ、寺田、林(勲)がパネリストを務めた。