国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

トンパ経典  2008年5月15日刊行
横山廣子

中国雲南省の西北部に居住するナシ族には独特の文字が伝承されている。見た目に、その多くが具体的なものの形をあらわしており、かわいらしい絵文字のようである。現在でも使われており、「生きている象形文字」とも言われる。しかし「トンパ文字」と呼ばれるその文字は、ナシ族の中で宗教的儀式をつかさどる「トンパ」と呼ばれる宗教的職能者だけが用いてきた文字であり、一般の人が自分たちの考えや伝えたいことを記録する文字ではない。ナシ族の伝統的社会では、年中儀礼や冠婚葬祭として多くの儀式がトンパによってとりおこなわれた。トンパが儀式で詠唱する長大な文言を書き記した冊子が「トンパ経典」である。トンパは基本的に文言を暗唱しているが、儀式は短いものでも数時間に及び、経典は記憶を呼び起こす手がかりとなった。また、詠唱する一字一句すべてが経典に記されているとは限らない。

経典はナシ語で「アトゥトゥ」というガンピ(雁皮)の木を原料にトンパが自らつくる手漉きの紙を使った。手漉き紙のサイズは常に横約60センチ、縦約25センチで、それを四分の一に切った大きさが各頁になる。各頁、上中下3段に分けられ、各段は左から右に、文言の内容によって、いくつかのまとまりに区切られる。細竹を斜めに切った筆を用い、墨で記された。

かつてのトンパ経典は、文化大革命前後のトンパによる儀式ができなかった時代に散逸したものが少なくない。雲南省シャングリラ県サンバー郷では、近年、老齢の大トンパの知識を頼りに手漉き紙製造の技術を復活し、現存するトンパらの記憶を集めて新たにトンパ経典がつくられている。民博が所蔵する経典は、そこで新たに書き記されたものである。人が病気や災難にあうことを防ぐために、1日かけて行われる「消災儀礼」で用いられる全経典で、合計15冊に上る。

横山廣子(民族社会研究部)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:H237782~H237796 / 標本名:トンパ経典

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※開館30周年記念特別展「深奥的中国―少数民族の暮らしと工芸」にて公開

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