国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

みんぱくで学術手話通訳者を養成する  2016年11月1日刊行
飯泉菜穂子

お彼岸を過ぎて空気がスッと秋めく頃、東京世田谷にある松陰神社に詣でることが、この10数年の私の年中行事だった。松陰神社は、言わずと知れた幕末の教育者・吉田松陰を「学問の神様」として奉っている神社である。吉田松陰はまた、実弟の杉敏三郎が生まれつきのろう者であったことでも知られている。今春まで、私は手話通訳養成校で手話通訳学科長を務めており、毎年心を込めて松陰に祈願していたのは、教え子たちの手話通訳士試験合格であった。

平成元年にスタートした手話通訳士試験は、合格率は概ね2割程度で、過去最低だった昨年度はなんと2.1パーセントという、超難関資格である。合格平均年齢は40代半ばから後半で、合格まで10年余を費やす人も珍しくない。しかし、資格を活かして生計を営むことが非常に困難な実態があるため、手話通訳に専業で従事している人は少ない。

一方、手話話者(ろう者)の活躍の場は、確実に広がりを見せている。一例が、学術分野への進出である。高等教育機関で教壇に立ち研究者として学会で発表する、国際会議でオピニオンリーダーとしての役割を果たす、そんな手話話者が確実に増えている。しかし、そうした専門領域に対応できる手話通訳者は、圧倒的に足りない。ならば養成しよう、そして学術手話通訳を「食べていける仕事」にしようじゃないか!そういう志を共有する人たちとともに、私が国立民族学博物館(みんぱく)の学術手話通訳養成プロジェクトに関わったのは4年半前のことである。

みんぱくではこの4月に、日本財団の助成を得て手話言語学研究部門が新設された。私はその部門に属し、学術通訳養成を目指した通訳研修と関連事業を担当している。5年という期限付きではあるが、与えられた期間、関西に於ける学術手話通訳養成の情報・技術・知識の発信基地としての役割を果たすべく、成すべきことをきちんと為そうと思う

 

飯泉菜穂子(先端人類科学研究部特任准教授)

 

◆関連写真

[img]

みんぱく手話言語学フェスタ2015

 

◆関連ウェブサイト
みんぱく発手話言語学講義と関連事業