国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

デジタル人文学はアナログの世界――写真資料のデジタル化研究から  2017年4月1日刊行
内田吉哉

近年、人文科学の分野で、学術研究にデジタル技術を導入する動きが盛んになっている。こうした取り組みは、デジタル・ヒューマニティーズ(デジタル人文学)と呼ばれる。例として、学術資料のデジタルアーカイブ化やその公開などがある。デジタルというと最先端機器を駆使するイメージだが、人文学でデジタル化される学術資料は総じてかなりの年代もので、結局は「古いモノ」を扱うアナログ的な知識が求められることになる。

私の目下の研究テーマは、写真資料のデジタルアーカイブ化とその活用方法に関する実証的研究で、主として昭和30~40年代に撮影された写真を扱っている。写真資料はネガフィルムやスライドとして保管されることが多いのだが、私の場合は印画紙に焼き付けられた、いわゆる「紙焼き写真」を研究対象とする点が少し特殊と言える。紙焼き写真も昭和30年代のものともなると、すでに半世紀を経ており、なかば古文書を取り扱うような様相を呈してくる。

通常、貴重な学術資料を扱う際には、資料を汚さぬように手袋を使うか、素手の場合は事前に手を洗い、汚れや皮脂を落としてから触ることになる。しかし50年前の紙焼き写真などは、手より写真の方が汚れがひどく、調査を終える頃には自分の手の方が真っ黒になってしまう場合もある。また、紙焼き写真の特徴として、ネガフィルムやスライドと違って裏面に撮影者や所蔵者による書き込みが残されている場合がある。デジタル化する際に、こうした情報は記録に残していかなければならないのだが、浅学な私にとって50年前の知識人による達筆はもはや崩し字に近く、古文書の解読のような苦行を強いられることになる。

最近、AI(人工知能)の発達によって、人間がこれまで担ってきたさまざまな 職業が自動化されるのではないかという話題がある。しかし、私の研究は、紙焼き写真を1枚1枚手でめくり、1文字1文字解読するという地道 な作業が求められる。人間ですら苦労する紙焼き写真の研究は、まだまだアナログの世界から完全に離れることはなさそうである。

 

内田吉哉(文化資源研究センター機関研究員)

 

 

◆関連写真

セピア色の「焼け」具合

写真資料の調査風景。撮影年代が違うと印画紙のサイズもバラバラ。
しかし印画紙の劣化によるセピア色の「焼け」具合が調査の手がかりになることも。
(2016年10月 筆者撮影)