国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

シェルパの村の冬 ~ネパール~  2019年1月1日刊行

古川不可知

エベレストの麓に住むシェルパの人々は、ヒマラヤ登山のガイドとして有名な山岳民族である。彼らは春から秋にかけて、登山やトレッキングの仕事に出かけ、村では農業に家畜の世話にと忙しく働く。そうした姿は、日本のテレビなどでもときおり目にすることがあるだろう。だがヒマラヤの厳しい冬のあいだ、人々はどのように暮らしているのだろうか。ここではシェルパたちの知られざる冬の生活を少しだけ紹介してみたい。

 

わたしが調査をおこなってきたポルツェ村は、標高3800メートルの山中に位置するシェルパの村である。エベレストの登山口までは、観光客の足でここから3~4日ほどの距離となる。およそ90戸400人からなるこの村には50人以上のエベレスト登頂者が居住しており、現在ではほとんどの世帯が何らかの形で観光産業から収入を得ている。

 

12月になって観光シーズンが終わると、山道を行き交う外国人の姿はめっきり少なくなり、ガイドとして働いていた男性たちも村へ戻ってくる。高山の日差しは強く、真冬でも晴れた昼間は動くと汗ばむほどだが、夜が来ると気温は-15℃を下回る。村人たちは冬のあいだ、日中はミルクティーを飲みながら日光浴をし、日が傾くとかまどの前に集まって、チャン(どぶろく)を飲みながらお喋りをして長い夜を過ごす。

 

ただしポルツェ村が周りの村と少し違うのは、毎年1月末の2週間にわたってガイドたちを対象とする登山学校が開かれることだ。アメリカのNGOが主催するこの学校では、ヒマラヤ登山に不可欠のアイスクライミング技術を中心としたトレーニングがおこなわれ、近隣の村のシェルパたちのみならず、ネパール各地から生徒が集まってくる。昼には訓練の声が、夜には村のあちこちから歌や踊りの音が響き、静かな冬の山村はしばし活気に溢れる。

 

シェルパの人々にとって、冬は仕事から解放されて英気を養う休息の時期であり、とりわけ男性たちにとっては次の登山シーズンに向けて技術を培う訓練のときでもある。

 

古川不可知(国立民族学博物館機関研究員)

 

◆関連写真

冬のポルツェ村(2013年1月19日)


 

火にあたりながら談笑(2018年2月12日)


 

登山学校の訓練(2013年1月21日)