国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

森で焼くパン~シベリア~  2020年10月1日刊行

大石侑香

西シベリアの森林地帯に暮らすハンティは、狩猟採集、漁撈、トナカイ牧畜を営み、天幕や小屋に居住して季節的な移動生活をする。こうした生業活動で得られる新鮮な鳥獣の肉や淡水魚、野生のベリー等に加え、都市や町で購入した穀類も日常的に摂取している。寒冷なシベリアでは穀物が育たないため、穀類は交易により入手してきた。彼らのところにはじめて穀類が入ってきた時期は不明だが、15~16世紀にはすでに普及したと考えられている。ここでは、現在、彼らが森の奥深くでパンをどのように作り食べているか紹介したい。

 

パン作り方は、まず、バケツにぬるま湯と砂糖、塩、ドライイーストを入れてガスを発生させ、小麦粉を加えて木べらで捏ね、暖かい所で発酵させる。生地が膨らんだら、油を塗った型に入れ、草と土で作られた竈で焼く。窯を置けない天幕では、ストーブを利用する。このように、森でのパンの作り方は一般的なそれとあまり変わらないが、生地にハスカップに似たクロマメノキの実やトナカイの血液を混ぜ込んで焼いたり、パンに魚油やトナカイの髄を塗って食べるといった地元ならではの調理方法もある。

 

彼らの食において肉や魚が主要なのは変わらないが、パンもすでに重要な位置にあり、なくてはならいものと考えられている。森に暮らす人々は、パンを切らさないように3、4日に一回はパンを作り、古いパンは乾パンにして保存食にする。

 

したがって、パンのたくわえについては筆者もとても気を遣う。筆者は森で暮らす世帯のところへ調査に行く際、必ず村で新しいパンを大量購入し、布団袋くらいの袋にいっぱいに入れて持っていく。パンや小麦粉が簡単には手に入らない森の中で、彼らの分を私が消費するわけにはいかないからだ。森の世帯に到着したらすぐに、女性にすべてのパンを渡す。すると黙って勝手に分配し、その他の食事も寝床も提供してくれるようになる。渡すパンが少なすぎれば陰口を言われ、早く出ていかないといけない雰囲気になるほどだ。そのため、私にとってパンはときに宿泊・食事代金の代わりにもなっている。

 

大石侑香(国立民族学博物館特任助教)

 

◆関連写真

食卓に並ぶパンと生魚(2016年9月ロシア連邦にて筆者撮影)


 

森でパンを焼く(2011年12月ロシア連邦にて筆者撮影)


 

パンの作り方を教えてもらう筆者(2012年1月ロシア連邦にてタチヤーナ・モルダノヴァ氏撮影)