国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

出産を守ってくれるサン神 ~韓国~  2020年11月1日刊行

諸昭喜

朝鮮半島展示の「平生図(ピョンセンド)」には、2つの器を持った女性の使用人の姿が描かれている。これは「サン神」に捧げるご飯とスープの膳と思われる。韓国の「サン神」とは、子授祈願、産前、分娩、産後といった出生の全過程に関わり、子どもの成長まで見守ってくれる神である。「サン神」の「サン」の漢字表記に関しては、朝鮮固有語で「生」を意味するとする説や、「産、三、山」の漢字説などがあり、まだ定説はない。

 

サン神はおばあさん、三神、七星神などの姿として人格化される場合もあるが通常は神体が決まっていない。サン神は山、海などの生命力が豊富な場所や生産性に優れた自然物の中にいて、そこから自分の体や家に「頂く」過程を経て招き入れ、祀られる。その神は懐胎をもたらし、分娩時には安産をうながし、分娩の最後に産婦に力を添えてくれる。赤ちゃんの蒙古斑はサン神が「早く出て行け」とお尻を蹴ったために生じるあざだと冗談のように言われる。サン神は産後にも母親の回復や子どもの病気、10歳までの成長に関わり、見守ってくれる神であるが、もし怒らせると母親と子どもを保護せずに立ち去ってしまう。そのため、サン神に膳を供えることは民間では普通であった。

 

「サン神膳」は、産婦が臨月を迎える際に産室の奥に供えられるものであり、切らずに長いままの干しワカメと米を置いておく。子どもが産まれるとすぐにそれを持ってご飯を作ってサン神に捧げられ、そのご飯を産婦が必ずひとりで食べる。図では産室の「外」に膳とわらが置かれているが、それは通常ではない。絵で表すためにわざわざ外に描いたか、またはサン神の補佐的な神格である「スブ神」に供えたのかは定かではない。この絵はおそらく、士大夫(貴族階級)家の息子が生まれる様子を描いたものであり、複数の神々を祀った可能性もある。

 

このようなサン神に対する儀礼や信仰は、施設分娩と現代医学の発達、近代的な思考への転換にともなって急速に消滅したが、最近では不妊の増加や、少子化時代の子どもに対する愛情と見守りの意味で再び「伝統風習」として流行しているのは興味深い現象である。

 

諸昭喜(国立民族学博物館助教)

 

◆関連写真

民博所蔵の「平生図(ピョンセンド)(標本番号H0095223)」(両班の一生を描いた屏風)の中