国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

Seoul Style 2002 E-News 『こりゃKOREA!』


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Seoul Style 2002 : E-News
『 こりゃKOREA!』
http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/special/200203/index 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2002.04.02 ━
 キムチやサッカー、安いアパレルなどの通俗的イメージ。加えて、近いといわれるのに実はだれのこともよく知らないということの不安。それがわたし(たち?)にとっての韓国なのかもしれません。
 でも、李さんのおうちに入ると、そうした不安も少しは薄らいでいくような気がします。李さんのおうちは、彼らが生きる日常を雄弁に物語ってくれます。偉大なる日常バンザイ!!というわけで、市場(シヂャン)にあるお餅入りキムチスープが抜群においしいと評判の「ソウルスタイル」、こりゃKOREA第4号をお届けします!
清水郁郎(副編集長) 
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  こりゃKOREA! 4号目次
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   ◇─2002年ソウルスタイル ここだけの話-4
   │  「李さん一家の素顔のくらし」をビデオカメラでとらえる
   │
   ◇─2002年ソウルスタイル ここだけの話-5
   │  李さん一家の日常を撮影するにあたって
   │
   ◇─お知らせ:イベント情報等
   │
   ◇─編集後記:こりゃこりゃ通信

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  ● 2002年ソウルスタイル   ここだけの話 - 4
     「李さん一家の素顔のくらし」をビデオカメラでとらえる
岡部 望(おかべ のぞむ)
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 2001年の6月下旬から7月上旬にかけての13日間、韓国のソウルにくらす李さん一家の日常生活を撮影しました。ただし、移動日や打ち合わせ、李さん一家のふるさと安東取材に要する数日間などを差し引くと、李さん一家の日常を撮影できるのは1週間もありませんでした。李さん一家は5人家族。カメラが複数あれば楽ですが、たった2名の技術スタッフでは1台で精一杯です。それでも小人数スタッフによる取材になった理由には、なるべくカメラを意識しない普段通りのくらしぶりを撮影したかったことがあげられます。

 この撮影で最も難しかったのは、特別展のタイトルにもある「素顔」を撮影することだったと思います。
 通訳を介さなければ言葉が通じない外国人が、図々しくカメラのレンズを向け、顔の近くまでマイクを突きつけます。そんな状況で人は「素顔」を見せられるでしょうか。また、撮影された映像は公開されることが最初からわかっています。そうなるとなおさら、恥ずかしいところは見られたくないものです。

 子供たちは寝顔なんか撮られたくない。親に注意されているところだって恥ずかしいでしょう。大人たちがいくら「どうぞありのまま撮影して下さい」といったところで、それは「レンズを向けられた人のありのまま」であって「ありのままの素顔のくらし」ではないと思います。アボジは全体的に動作がぎこちない。インタビューに対するこたえも(編集時の翻訳を読めば)どこか本音ではないような、模範解答に過ぎるような気がします。同じくインタビューでオモニは「理想の家族像」「理想の母親像」などについて語ってくれています。私の気のせいかもしれませんが、カメラを向けられたオモニは、オモニがイメージする「理想像」を演じることに力を注いでいる・・・ように見えます。活動的な妻、子供の教育に熱心な母親、姑と仲の良い嫁、一つにまとまった明るい家族・・・。

 オモニに限らず一家の皆さんの職場や学校、サークル活動など地域社会の一員としての日常を撮影しようとすると、その本人に撮影許可などの準備をある程度して頂かなくてはならないことがあります。そのため、限られた時間で何を撮影して、何を撮影しないかという選択をするときに、撮影される当事者である皆さんが「どんな自分を撮影して欲しいか」という意向がどうしても反映されます。
 職場でカメラを向けられたアボジはいつも通りでしょうか。昼休みに同僚と一緒に近くの食堂でアヒルの焼肉を食べたり、後輩たちに囲まれて楽しいお酒を飲んだり・・・。果たしてその日、そこにカメラがなくても同じ事をしたでしょうか。オモニの事前交渉のおかげで、サムルノリ教室で楽器を習うオモニやスポーツジムで汗を流すオモニを撮影することができました。しかし、これらは毎日行われることではありません。それらオモニの社会活動をいくつか紹介することによって、実際よりもオモニが忙しい人として描かれてしまわないでしょうか。もちろん、どれをとってもアボジやオモニの一面に違いはなく、嘘ではありません。しかし、なるべく客観的に「ありのままの素顔のくらし」を撮影したい私たちとしては、「レンズを向けられた人があらかじめ用意していた素顔のくらし」を撮影しているような、シナリオのあるドラマを撮影しているような、違和感を持ってしまいます。
 ただし、ハルモニは例外で自然体に見えました。

 李さん一家の全面的な協力のお陰で、予備日を1日残して予定していたもののほぼすべてを撮影することができました。それでもまだ何か足りないような、あともう少しで本当の「素顔」が見られるような、そんな気がしていました。そこで予備日を利用して、私たち技術スタッフ2人だけを李さんの家庭に1日放置してもらうことにしました。余りに忙しいオモニの家事や社会活動の合間にホッと一息入れるところを撮影したかったのですが・・・。言葉のわからない私たちは黙ってオモニを追いかけましたが、オモニはいつまでたっても忙しいのです。炊事、洗濯、掃除をてきぱきこなし、それが終わると早速お出かけの準備を始める、活動的な主婦の姿が映像として記録されました。のんびりテレビを見たり、間食をしたり、ときには長電話をしてみたり・・・。そんなときにふとカメラの存在を忘れて一瞬でも、特に何かをしているわけではないもう一つの「素顔」を見せてもらえるかもしれないと期待しましたが、オモニは休憩することなく私たちを気遣ってお茶を入れてくれるのでした。作戦は失敗し、ちょっとした敗北感とともに李さん一家の映像取材は終了しました。
 私はいま一人暮らしをしています。部屋は脱ぎ散らかした服や汚れた食器などでぐちゃぐちゃです。それでもお客さんがくるときは綺麗に掃除をして、見られ たくないものは隠し、比較的高級なカップにコーヒーを入れて、飲み干すとおかわりを促します。でも、そのお客さんが肉親であったり、恋人であったり、親友であったり、職場の同僚であったり、保険の勧誘員であったりと、相手が変ると私の対応も変ります。
 「こういう人には、こういう人だと思われたい」という様々な自分の理想像があって、少し面倒でもその都度そんな自分を演じ続けるのだと思います。これは私に限らず多くの人にあてはまることではないでしょうか。そう考えると、演技を排して自己イメージを取っ払った「ありのままの素顔のくらし」をカメラでとらえるには、結局のところ隠しカメラでも仕込むほかないのかもしれません。

 今回、隣国にくらす、特別でも一般的でもない、とある李さん一家の取材に参加できたことは、私にとって、日常生活を映像で記録することの難しさや、本当の自分や本当の他人、生まれ育った家庭や、これから築くであろう家庭などについて、改めて考える好機となりました。
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  ● 2002年ソウルスタイル   ここだけの話 - 5
     李さん一家の日常を撮影するにあたって
井ノ本清和(いのもと きよかず)
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 私たちは李さん一家の日常を撮影するにあたり、その一日の中の何を撮るかについて、ことさらな差別化はおこないませんでした。トイレに向かうのも、登校するのも、ただ何となく家の中を歩くのも同じ比重で撮ろうとこころがけました。また、日本との違いや、典型的な韓国像や、韓国の今日の問題に焦点をあてることもしませんでした。撮影の目標はあくまでも李さん一家の日常にあったからです。それは私たちにとって困難な撮影でした。もともと私たちは珍しいものや、特殊なこと、また、何かを強調して撮影することをもっぱらにしてきました。半ば癖にまでなったその手法を捨てるところから今回の撮影ははじまったのです。

 李さん一家の日常が全て撮影対象という取材がはじまりました。玄関の扉を開けた時から臨戦体制にはいります。少しでも動きがあればカメラを回し、なければないで、またカメラを回し、ファインダーから目をはなすこともできません。しかも子供たちの行動にいたっては全く予想もつきません。

 朝、アボジが食事を食べるためにテーブルにつく時、そこには劇的空間はまるでありません。日本との比較や、幸せな家族像、ヒーローの日常とか、やがて訪れる劇的なるもの、とかいった方向性は何もありません。
 私たちはもともと方向性を持った映像に慣らされるとともに、そのように撮影する訓練を受けてきました。  しかし、今回はカメラを回した時、この映像はいったい何処へ行くのかわからずに撮影をおこないました。李さん一家の日常に始まり、李さん一家の日常に終わるという撮影を試みたのです。

 日常を日常として撮影して、はじめて見えてくるものもあります。大した事件も珍しい事柄もない撮影は退屈だと思われるかもしれません。実際はじめの数日は退屈に思われる時があったのですが、日を追うにつれ、李さん一家の日常を退屈と感じなくなってきたのです。それは李さん一家が持つさまざまな情報が少しずつ見えてきたからだと思うのです。人はトイレに行く時、トイレに向かって歩く、という情報だけの行動はとりません。それに伴って考えること、その前から思い続けていることや、言葉にならないことなど、複雑に情報が交錯していると思うのです。どこまでがんばっても本人ほどにわかるわけはないのですが、退屈しない程度には李さん一家が見えてきました。
 実際のところ、映像に写ったトイレに向かう姿は、やはりトイレに向かうだけでしかありません。しかし、彼らを知り、愛着をもって見ればトイレに行く映像も、それなりに見えるのではないかと思うのですが、どんなものでしょう。

 私たちが撮影したあの住まいが、そのまま展示される、というのは頭では理解していたのですが、その場に立つと、その家財道具一式が持つ圧倒的なパワーに驚かされます。(机の引き出しを開けてその中を見ただけで頭がくらくらしてしまいました。)  今回の展示(映像も含む)を見た時、人は、李さん一家の背景にある韓国を感じる前に、まず自分をみるのではないでしょうか。このきわめて個人的な世界を堂々と覗き見をして、自らの家の中や生活に思いを至らせるのではないのでしょうか。ついつい自分について考えてしまう、それが今回の展示(映像も含む)の大きな特徴だとおもうのです。

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  ● お知らせ

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       ☆☆☆「2002年ソウルスタイル」イベント情報☆☆☆
    http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/special/200203/event
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    ★4月7日(日)「ワンコリアフェスティバル in みんぱく」
   http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/special/200203/event_01#02
      ☆12:00~13:30 日韓・食のフォーラム
        【場所:特別展示館地下の「みんぱくシヂャン(市場)」】
                       ※応募は締め切りました。
      ☆14:00~16:00 マダン劇団「ノリペ シンミョン」公演
        【場所:民博の前庭「みんぱくマダン(広場)」】
                       ※参加無料・申込み不要
    ★5月19日(日)仮面劇
   http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/special/200203/event_01#04
     ☆14:30~16:00 韓民族の風刺 固城五大広大台戯仮面の宴
      【場所:民博の前庭「みんぱくマダン (広場)」】
                       ※参加無料・申込み不要
  
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    ■□■□■特別展示館地下「みんぱくシヂャン(市場)」■□■□■
    □■□■□民博の前庭  「みんぱくマダン (広場)」□■□■□

     シヂャン……「韓国の食」、「日本の韓国食」コーナーなど
           韓国『食の世界』を展示します。
           土・日・祝日に韓国食の出店、販売を行っています。

     マダン………毎週日曜日の1時からと3時からの2回、
           安聖民さんのパンソリ公演をおこなっています。

      あなたが主役です。みんぱくマダンで韓国芸能を公演したい
      方は、ソウルスタイル係までお申し込みください。
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        シヂャン、マダンのお問い合わせ・お申し込み
             みんぱくソウルスタイル係
         TEL: 06-6878-8532 / FAX:06-6878-8247
           E-MAIL:junbi@idc.minpaku.ac.jp
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   ┌───新聞・雑誌で「ソウルスタイル」が紹介されました!───┐

     『ぴあ』2002年4月8日号 P225「原寸大だけにリアル度100%」
     民団新聞3月13日(水)「韓日の食文化比較」
     京都新聞3月21日(木)「ソウルの暮らし”体験”」
     朝日新聞3月23日(土)「国立民族学博物館への招待」
     讀賣新聞夕刊 ─ 連載『2002年ソウルスタイル』
      〔1〕3月25日(月)「家財道具3000点ありのまま」
      〔2〕3月26日(火)「江南で念願の3LDK」
      〔3〕3月27日(水)「『同姓同本』結婚のタブー、今も」
      〔4〕3月28日(木)「変わる都市部の葬送文化」
      〔5〕3月29日(金)「情報文化あふれる若者」
     東洋経済日報3月29日(金)「韓国人家庭の日常生活紹介」

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      ☆特別展「2002年ソウルスタイル ─ 李さん一家の素顔のくらし」
      【会期:3月21日(木)~7月16日(火)】
       http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/special/200203/index
      ★国立民族学博物館のホームページ:みんぱくウェブサイト
       http://www.minpaku.ac.jp/
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 ■ 編 集 後 記 :こりゃこりゃ通信 ■ 
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 特別展の1階展示場には、4台のモニターと4台のプロジェクターが配置されています。李家をかこんだモニターでは、アボジ、オモニ、ハルモニ、ドンファとウィジョンの家族5人の肉声が、各自の生い立ちや現在の生活について、そして家族や自分のこと、日本のことについてかたりかけています。周囲の屋台、市場、故郷、学校におかれたプロジェクターからは、家族それぞれの一日を追った映像がながれています。

 これらの映像を撮影してくれたのが井ノ本さんと岡部さんのコンビです。
 2000年末に李家の生活財の徹底的な調査をおこなってから、李家の家族の日常生活をまるごと映像記録にのこせないかとかんがえはじめました。題して李家をしゃぶりつくすプロジェクト。カメラを担当した井ノ本さんは、文字どおり朝から晩まで、家族の「日常」との格闘の果てに、最後は目を真っ赤に染めてしまうほど渾身の撮影。編集も担当してくれた岡部さんは、膨大な記録から「日常」の物語りをつむぎだすべく苦心の作業をかさねてくれました。

 その成果は、みごとな出来映えのマルチメディア作品として、特別展の情報コーナーや常設展示場のビデオテーク・ブースで公開されています。

    ─李さん一家の撮影の様子は、以下のURLからご覧いただけます。─
        http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/special/200203/news/19

 この映像取材にあたって、私のほうからおねがいしたことがふたつあります。ひとつめは、「家族」といってもひとりひとりは独自の人格をもつ存在 としてえがいてほしいということ。家族そろった食事風景にも、家族それぞれの5通りの物語りがあるはずです。「家族」をそのような物語りのめぐりあう場とみなそうとしました。そしてふたつめは、家族がくらすソウルを、家族それぞれの視点でとらえなおしてほしいということでした。「家族」がそうであるように、ソウルという都市も、もちろん現代韓国そのものも、けっしてひとつの世界ではないことをしめしておきたかったのです。

 展示場ではなにげなく公開されている映像ですが、じつはこの特別展の成否を左右するほど重要な意味がこめられています。李さん一家は、韓国の典型でも代表でもない、たまたま面倒な調査をうけいれてくれただけの(きっと風変わりな)家族にすぎません。その李さん一家のくらしが、それでも私たちの魂に訴えかけるもの、それこそ「韓国」や「日本」という言葉には回収できない、私たちすべてに共通する現代人の特殊性にちがいありません。私たちは、隣の家のことさえ碌に知らないという事実に、いまさらながら気づかされたというわけです。

 ところで、井ノ本さんと岡部さんのふたりが真剣に問いかけつづけた素顔の人間とはそもそもどういうものなのでしょうか? 化粧をおとし、服を脱ぎさり、タマネギの皮をむくように社会や家族へ向けた仮面をひとつひとつはぎとって、最後の最後にのこる動物としての本性?
 韓国文化とか日本文化とか、どことなく胡散臭い文化論議とはちがって、ひさしぶりに人間のまとう文化の意味についてかんがえさせられる体験でした。
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     ※このE-Newsは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』 を利用して
    発行しています。
    http://www.mag2.com/ (マガジンID:0000086722)
      E-News配信解除: http://www.minpaku.ac.jp/special/200203/news/
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編集・発行:2002年ソウルスタイル・プロジェクト・チーム 

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