国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―神聖視される酒造の道具

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神聖視される酒造の道具
『伏見の酒造用具』と『灘の酒つくり』
─ 近藤さんが中心になって調査をして作成された伏見や灘の酒造用具の報告書も、文化財に指定されたものですね。『伏見の酒造用具』(京都市文化観光局 1987年)と『灘の酒つくり』(西宮市教育委員会・白鹿記念酒造博物館 1992年)。
近藤 はい。
─ 酒造用具には、どんな特徴があるんですか?
近藤 醸造業一般、酒つくりでも、味噌つくりでも、醤油つくりでもそうですし、柿渋つくりでもそうなんですけど、醸造関係の道具ということでひとくくりにできます。けれど、一番複雑で道具の種類と形態のバリエーションが多いのは、やっぱり酒造用具ですね。とくに大手酒造会社の場合は、麹蓋(こうじぶた)や、醪(もろみ)を攪拌する櫂(かい)などが、何千枚、何百本もあるんです。仕込み桶だけでも何十本あるんだか・・・。
 
※左:『伏見の酒造用具』京都市文化観光局 1987年
右:『灘の酒つくり』西宮市教育委員会・白鹿記念酒造博物館 1992年
─ 数がまず非常に多いわけね。
甑(こしき)
近藤 それから、酒つくりに携わる杜氏や蔵人たちの流派によって、多少道具の形がかわります。とくに酒米を蒸す甑(こしき)という道具は、縄のかけ方が流派によって違います。灘の場合は、丹波杜氏なので丹波流です。伏見の場合は、主に但馬杜氏がきていますが、越前杜氏もいます。但馬流、越前流などと、出身地ごとの流儀があって、甑にかける縄の巻き方が違っているんです。
─ え? これは、杜氏が、杜氏というか、出稼ぎにやってくる季節労働者たちが自分で巻くんですか?
近藤 そうです。今でもこういう結び目をつくっています。こんなふうに縄をかけるのは、一種の呪術なんですよ、魔よけのね。
 
※大甑〈『伏見の酒造用具』 京都市文化財ブックス第2集 京都市 1987年〉より
─ あっ、この縄は、そういうものなんですか。
近藤 甑全体に菰(こも)を巻いて、熱を逃がさないようにするという実際的な面もあります。ですけど、わざわざこういう凝った結び目をつくる。そこに意味を持たせている。そんなところから、甑という道具は、酒造用具の中でもひときわ神聖視されているんだなということが読み取れますよね。甑にこのような凝った縄のかけ方をするのには、ちゃんと理由があったんです。だって、ここで酒米を炊き損じたら、もう、取り返しがつかないんですからね。
─ なるほど。それでこういう複雑な結び目が・・・。それにしても変わってますねえ。いたるところに、たくさん結び目をつけるわけですね。

 
【目次】
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