民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―民具とはなにか?空き缶も民具になる
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栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し
─ イラストにしろ、実測図にしろ、とにかく、お上手なんですが、近藤さんのお父さんは機械製図のお仕事をやっておられたんですよね。
近藤 はい。工作機械を作るための機械を設計する仕事をしていました。
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民具とはなにか?空き缶も民具になる
─ ここまで、民具の調査方法をめぐって話してきましたが、民具とはどういうものをいうんですか? 簡単にいうと。
近藤 古典的な立場からの言い方をすれば、普通にくらしている人たちが自分たちの手仕事としてつくり、使うものが本来の民具なんだということになると思います。これは、1935年ころのアチック・ミューゼアムで、資料を収集する際に定めた範囲規定です。「我々の同胞が身近な材料から作り出し、使い続けてきた身辺卑近な道具」と、まあ、そんなふうに表現されていたんですね。それを、その後の民具研究はずっと引きずってきました。でも、1970~80年代くらいまできたら、それでは当然、行き詰まります。そういう意味での民具は、現在の私たちの生活の中では、もうほとんど見ることはできなくなっているでしょ。だって、桶がなくなる。最初に話題になった「肥えたご」みたいなものも、ポリエステル製の容器になるんですものね。最後は。
─ ポリバケツみたいな「肥えたご」があったんですか。
近藤 ええ。今でも使っているところはありますよ、し尿処理とかに。まだバキュームカーが巡回しないところもありますからね。
─ さっきのご説明どおりだったら、民具はプラスティック以前のモノなんですよね。それがプラスティック製品になってくるということは、移行期があるわけですよね。プラスティックで作った「肥えたご」がでてきたということは、プラスティックの出現によって民具がなくなったわけじゃないわけですね。
近藤 そうです。でも「樹脂の桶に変わったモノも民具というのか」とね、そういう議論をする人たちはまだいます。ただ、材質やつくる技術は変わっていても、使う技術は以前のまま残っているわけですからね。つくる側からみれば工場での樹脂加工製品ですから、手仕事ではない。プラスティック以前に、ブリキ細工はどうなのかということも問題になりますよね。
そういえば、アチック・ミューゼアムでは、はじめは鍋釜などは集めようとしなかった。鉄の鋳造品が普通の人に作れるかと。そういうものは民具じゃないという考え方をしていたんですよ。ところが、日本人の生活を研究しようとすると、鍋釜、包丁がなかったら、普段の生活が成り立たないわけですよね。それで、金物類も集めるようになった。だけど、渋沢敬三は最後まで「茶碗や湯飲みなどの焼き物は民具じゃない」と、相当かたくなに拒否していたんですよ。
※ブリキ缶の細工 岡本信也「転用された『日用品』」
〈『日用品の二十世紀 二十世紀における諸民族文化の伝統と変容8』近藤雅樹・編 ドメス出版 2003年〉より
─ 茶碗は民具じゃない・・・。
近藤 民具というものの概念がそこで混乱する。それは、使う側の技術に視点を置くと、どんなに量産されて工場機械製品に置き換わってしまったものでも、使い方が変わらない限りは、やっぱり民具だからなんですね。つくる技術の方から考えると面倒くさいことになるんです。手仕事で作っていたときのものでも、漆器のお碗とか蝋燭(ろうそく)などだと、専門の職人がつくります。でも、わら草履はむかしはだれでも作っていた。そこから「専門の職人が作って、ほかの人たちが買い求めるものも民具と言っていいのか」というような議論もでてきました。逆に「流通民具」という考え方もでてきました。
民具というものの概念をあいまいなままにして過ごしてきていことが、民具研究を停滞させていたひとつの理由でもあります。それと、やっぱり、古い時代のモノにこだわりすぎていたんですよね。研究者が古い日本のイメージにとらわれている限りは、どうしようもないですね。「もうすでに民具はない。だから、もう民具研究はできない」という人たちもいます。でも、それは、視点が違うだけの話で、視点を変えれば何でも民具になってしまう。空き缶を何かの用途に使う、転用する、そのとき自分でちょっとばかり加工して使っている限りは、空き缶も民具ですよ。一斗缶を半分に切って作った塵取りは、立派な民具ですよ。
─ え? なんの機械?
近藤 機械を作る機械。日産やトヨタが、新しいエンジンを開発するために必要になる旋盤だとか、穴をあけるボール盤とかです。新しい機種が開発されるときには、そのつど新しい工作機械が必要になる。普通の工作機械を汎用機、そうでないのを専用機っていうんですけどね、そういう専用機の設計を頼まれていました。
─ そうなんですか。
近藤 ええ。父は、内燃機関学科の出身でした。だからエンジンつくりなんですね。ホント、機械屋さんで、ずっと、そういう設計図ばっかり・・・。それで、ぼくが10歳になったころから、ぼくに機械製図を仕込みはじめたんです、跡をつがせようとして・・・。
─ で、実際に描き出したんですか?
近藤 機械全体の組み立て図を見て、その中から一つの部品を取り出して、その図を描く。逆に、部品図を集めて全体の組み立て図を作る。
─ 部品図というのがまずあって、それで組み立てる・・・。
近藤 要するに図面の読み取り方ということを、小学生のころに教え込まれたんです。
※機械製図の例〈『JISハンドブック 1984』日本規格協会〉より
─ それは、プラモデルの組み立てみたいなことですか。
近藤 もっと複雑です(笑)。だけど、基本的にはそういうことです。
─ じゃあ、プラモデルとかも、得意だったわけですか。
近藤 それには指先の器用さも必要ですけどね(笑)。ま、でも、たくさん作りましたよ。
─ 大学では、また、機械じゃないけど、民具の図面にかかわることになった。
近藤 はい。そのときに機械製図を仕込まれていたことが非常に役に立ちました。モノの構造を理解するうえでね。
─ そうでしょうね。
近藤 「アラマキの作り方」もそうだったんですが、作業工程も図解するようにしました。普通、報告書といえば文章にしますよね。でも、読んでもイメージがわきにくい。だから、作業の流れをあらわすときにも、できるだけ図解するようにしたんです。
─ やっぱり、こういう作業は基本ですよね。写真を撮ったってわからないからねえ。
近藤 図解の処理の仕方次第で、長々と文章を書くよりも一目瞭然になる。そういうやり方で調査報告書をつくるということを、徹底してやってきたんです。
- 【目次】
- 千里ニュータウンと地域の農具|美大でおぼえた民具の図解|神聖視される酒造の道具|描いているうちに、絵よりモノのほうがおもしろくなった|イラストレーター時代|民具の最初の現地調査|栴檀は双葉より芳し|民具とはなにか?空き缶も民具になる|母から娘へ伝えられる「おんな紋」|モノがもつ魂|博物館で展示企画にあたる|「人魚のミイラ」――標本資料の真贋|少女たちの霊的体験の研究|「人はなぜおまじないが好き」|海外の日本民具を調査|近代日本のへんな発明 ─『ぐうたらテクノロジー』|*(参考資料)さまざまな画法*