民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―母から娘へ伝えられる「おんな紋」
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母から娘へ伝えられる「おんな紋」
─ 最近出た『日本の民俗学』第9巻(雄山閣 2002年)には「民具と民俗」という副題がついています。その中で近藤さんが担当された論文のひとつは「心象世界と民具」というタイトルで、心の世界と民具とのかかわりを扱っておられます。これは、近藤さんの研究のもうひとつの展開だと思います。「モノには魂がある」と言われることがある。モノは相続もされるし・・・。これは、日本風のいい方では「形見」とか「形見分け」とかいうことになる。こういう視点で一冊にまとめられたのが『おんな紋』(河出書房新社 1997年)ですね。これは、和服の紋の話、紋付ですよね。
近藤 はい。
※『おんな紋 ─ 血縁のフォークロア』
近藤雅樹 河出書房新社 1995年
─ 紋といったら、普通は家紋ですけど、じつはもうひとつ別の紋があったという研究です。どういうきっかけでこの研究をはじめられたのか、本の内容もふくめて話していただけますか?
近藤 「おんな紋(女紋)」は、母親から娘へ、さらに孫娘へと伝えられていくものなんです。そんな紋章をつけた品物が母子間相続されている。すると、母系性の表象みたいにみえる。民族学、人類学という方面であればとくにね。「日本にも母系性のなごりがあったのではないか」と。そこで、気になって、その謎解きをしようと思ってはじめました。
─ 普通、紋付は家の紋ですよね。それは、男の紋をつけるの?
近藤 はい、家紋ですね、家族・親族という血縁集団の証になる・・・。「おんな紋」に引っかかったのは、プライベートなことですけど、かみさんが母親譲りの紋をもっていて、それを近藤家にもち込んできたからなんですよ。
※さまざまな女紋:〈『おんな紋 ─ 血縁のフォークロア』
近藤雅樹 河出書房新社 1995年〉より
─ その前に、まず、紋というものの説明をしてほしいんですが・・・。
近藤 ひとことで言えば、帰属する血縁集団の一員であることの証となるものですよね。親戚か他人かを識別するための表象です。同じ血筋の者が同じ紋章をつけた着物を着る、それが家紋です。武家社会では、対外的に家柄と格式を示す役割もありました。時代劇で、水戸黄門の印籠に悪代官などをひれ伏せさせる威力があるのは、徳川御三家の家紋である「三つ葉葵」が描かれているからです。
※ふくさとふくさ盆(五三の桐)
─ そうですよね。
近藤 日本人の結婚、婚姻の成立というのは、家と家との縁組です。太郎さんと花子さんという個人名じゃなくて、家名が出てくるんですよね。何々家と何々家のご披露宴というように、家と家との縁組。だから、両方の家の家紋がシンボリックに機能するんです。
─ 「おんな紋」は、そうした家紋とは違ったものなんですか?
近藤 お嫁さんは、何々家の娘としての立場で来ますよね。だから、当然、所属していた家、つまり、実家の家紋が使われるはずなんです。ところが、うちのかみさんはそうじゃないものを持ってきたんですよ。結納返しから挙式、その後の贈答にも、いっさい、実家の家紋が使われることがなかった。
─ どうして?
近藤 わかりません(笑)。そのときはね。だから、ものすごくおどろいたんです。だから調べてみようと・・・。
近藤の家紋は「丸に剣酢漿草」です。かみさんの旧姓はナカジマなんですが、その家紋は「右三つ巴」です。ところが、かみさんが使っている紋章は、わけのわからんというか、見たこともない、ずいぶん複雑な図柄だった。
「これ、なんて呼ぶの」って聞いても、かみさんも、かみさんの母親も、はっきり答えられない。「紋帳にも載ってないし」と言って、正確な名前を知らなかったんです。
─ どんな図柄か見たいな。
近藤 二重の稲穂の輪の中に、井桁をふたつ重ねたものです。ぼくがあんまりこだわるものだから、同じ「おんな紋」を受けついでいる伯母さんたちに尋ねまわって、ようやく「抱き束ねの重ね井筒」って言うのが、正しいらしいということになった。
「なんでナカジマの紋じゃないの?」と聞く。「おんな紋だから」と答える。「じゃあ、ナカジマ家の替紋?」「違う」「?」
替紋というのは、正規の家紋とは別にもっている略式のものです。じつは、関東にも女性用の紋はあります。正規の家紋に対して、替紋、裏紋、副紋などといわれるものです。たとえば「剣酢漿草」は武家の紋だから剣がはえている。「それでは女にふさわしくないから」と、剣をはずして「酢漿草」の紋にして使わせる。そういうことはあるんです。でも、そういうものでもないと。
※ふくさ(抱き束ねの重ね井筒)
─ じゃあ、なんなの?
近藤 そうなんですよ。かみさんは「ひいおばあちゃんの紋よ」って言いました。さらに「この紋は、絶やしたらアカンって言われてて」とか、いろいろと言う。そこから謎解きがはじまったんです。ひいおばあちゃんということは、ナカジマに嫁入りした母親の実家の、さらにその先ですよね。ナカジマ家とは縁もゆかりもない。
─ 聞いていると、おもしろいけど、不思議だなあ(笑)。
近藤 近藤の出身の関東には、そんな習慣はまったくない。親戚や知人らに問い合わせてみたけど、知っている人なんか、一人もいなかった。ところが、ナカジマの方にしてみたら、逆に「おんな紋がないウチなんか、あるんか?」と、びっくりしている。これは、ものすごいカルチャーショックでしたよ。ちなみに、うちの二人の娘も、結婚するときには、かみさんがもってきたこの「おんな紋」を、だれかさんの家にもっていくことになるんですけどね。
※ひな飾りに添えられたおんな紋(三割菊)
─ そりゃまた!
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