国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―「人魚のミイラ」―標本資料の真贋(しんがん)

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「人魚のミイラ」─ 標本資料の真贋(しんがん)
近藤 「お化け・妖怪・幽霊・・・」のときに、ぼくなりの結論としてだした答えはこうでした。「これが生け捕りにされた人魚の絵だ」といって瓦版や浮世絵などで出回っていた絵だったら、博物館でも資料として扱われているんです。ところが、立体的な造形物になると扱われないでいるのはなぜなのか。おかしい。扱っていいじゃないか。どちらも妖怪のイメージを具象化した作品なんだから、とね。で、こうしたつくりものも博物館で展示してみたいと思ったんです。
─ 「人魚のミイラ」は、どこからもってきたんですか。
近藤 和歌山県の橋本市。高野山の麓の参道に「刈萱堂(かるかやどう)」っていう、小さなお堂があるんですよ。「石童丸(いしどうまる)縁起」の舞台になっているところです。そこでは、高野山詣でをする人たちを相手に絵説きをやっていたんです。出家して高野山に入った刈萱道心(加藤左護衛門尉繁氏)の家族が訪ねてくるという内容のね。でも、女人禁制だから、おさない石童丸だけが父に会いに行くという・・・。
悲しい物語なんですけど、それを、掛け軸を開いて見せるという普通の絵解きじゃなくて、立体的な造形物をならべて語り聞かせていたんですよ。その中のひとつに、石童丸の母親の千里御前が肌身離さず大切にもっていたという「人魚のミイラ」というのが伝わっていたんです。平安時代に近江の蒲生川で生け捕りにされたものだという由緒書きまであった。見世物というか、信仰の対象だったんですね。
─ それを出品した・・・。
近藤 そうです。お借りして、いつもは重要文化財を入れる密閉式の一番上等なケースに入れて展示した(笑)。そしたら、某テレビ局が深夜番組で取り上げてくれたんですよね。次の日は、客層がいつもとはまったく違う(笑)。普段の展覧会ではめったに見かけることがない中学生や高校生たちが、ぞろぞろと列をなしてやってきた。それも、カメラを提げてね(笑)。みんな、昨夜テレビで紹介されたばかりの「人魚のミイラ」が目当てだった。
 
※人魚のミイラ〈『大妖怪展』朝日新聞社 2000年〉より
─ なんとまあ(笑)。
龍
近藤 その展覧会には、冷ややかな見方もありましたし、博物館関係者の中には、ぎょっとした人たちも多かったようですけどね。でも、その後から、そのミイラに限らず、今までいかがわしいと思われていたつくりものが、けっこう、あっちこっちの博物館の展示で引っ張りダコになったんですよね。
─ そうか。たしかに、博物館の標本資料は、まず真贋が問題になりますよね。いつどこで作られたかが、たえず問題になる。そうすると、お化け、妖怪、幽霊などというのは、最初から展覧会として成立する余地なんて、ありえないと思われていたわけですよね。
 
※龍〈『大妖怪展』朝日新聞社 2000年〉より
近藤 小松和彦さんからお借りした「呪いの藁人形」や、但馬の大生部兵主(おおいくべひょうず)神社に神宝として伝えられていた「天狗の牙」とかも並べました。心の中の「あの世」というのか、異界というもののイメージをどう形づくってきたのか、そのイメージをどう定着させようとしてきたのか。現実の人間というのは、ベールをかぶった状態の社会に生きているんですよ。なんというかな、即物的に生きているんじゃなくて、三次元の空間の中に別のイメージを描きだしているんですね。そして、それを民俗社会の中で共有している。ある意味では自分をだましているんですよ。だから、何かを信じる。神を信じる、仏を信じるとか言っている。幽霊みたいなもの、霊魂を信じるというのも、そういうことだと思うんです。
─ この「河童の手」もミイラみたいに見えますね。これもつくりものですか? この「竜」もよくできているなあ。
近藤 「竜」には、大型の魚のうろこをはりつけているんですよ。銀色にかがやいていて、床の間飾りにしてもおかしくないくらいのできばえです。
─ こういうのは、作者不詳でしょうね。
近藤 ミイラつくりなんて、日陰の商売ですから(笑)。
ところがね、大阪市内の瑞龍寺からお借りした「河童のミイラ」と「竜」の奉納者は、ほぼわかっているんですよ。千利休と近しい人の一族だったということが。
─ ずいぶん、むかしですね。
近藤 1680年に奉納されたんですが、1878年と1975年に木箱を新調していたんですよ。で、中身を入れ替えたときに、新調した年月日と子孫の名前を箱書きにして残していた。
─ 大事にされていたんですね。
 
※河童のミイラ〈『大妖怪展』朝日新聞社 2000年〉より

 
【目次】
千里ニュータウンと地域の農具美大でおぼえた民具の図解神聖視される酒造の道具描いているうちに、絵よりモノのほうがおもしろくなったイラストレーター時代民具の最初の現地調査栴檀は双葉より芳し民具とはなにか?空き缶も民具になる母から娘へ伝えられる「おんな紋」モノがもつ魂博物館で展示企画にあたる「人魚のミイラ」――標本資料の真贋少女たちの霊的体験の研究「人はなぜおまじないが好き」海外の日本民具を調査近代日本のへんな発明 ─『ぐうたらテクノロジー』*(参考資料)さまざまな画法*