国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究スタッフ便り 蘭語学ことはじめ

研究スタッフ便り『蘭語学ことはじめ』

1月(1) 定期市(I)
ライデンでは水曜日と土曜日の午後、運河沿いに市がたつ。tomaten (トマト)、bananen (バナナ) のように、英語を知っていればなんとかなるものもあれば、wortel (にんじん)、 kool (キャベツ)、 sla (レタス)、 prij (おばけネギ、英語でleek) のように、話にならないものもたくさんある。後者の方が多いように感じるのは気のせいだろうか。まあ、市場でまず目に入るのは実物であるから、名前がわからなくてもほとんど問題はないのだけれど。
りんごとジャガイモ
りんごを表す単語は、音の入れ替えだけで
オランダ語 appel
ドイツ語 Apfel
英語 apple

と、一見ゲルマン諸語の面目躍如。ところが・・・主食のジャガイモになると、
オランダ語 aardappel
ドイツ語 Erdapfel
英語 potato

と、英語だけ仲間はずれになってしまう。

オランダ語のジャガイモという語は、単語のできかたがフランス語と似ている。下に示すように、形は全然違うのだけれど、どちらの言語でも分解すると「地面のりんご」だ。うーん、先入観を取りのぞけばジャガイモもりんごに見えるようになるのだろうか・・・?
オランダ語 aardappel aard   appel
フランス語 pomme de terre terre de pomme
意味 ジャガイモ 地面 ~の りんご

ジャガイモは今でこそヨーロッパやニュージーランド、オーストラリアなどで主食になっているけれど、実は南米起源なのだそうだ。民博の山本(紀)さんがおっしゃるように、もし太古の昔からヨーロッパにおいて主食であったなら、確かにジャガイモを意味する単語はヨーロッパの言語のなかでもっと共通していてもよい。

さて、ジャガイモという単語を覚え、意気揚々と買い物に行ってみる。
やっとおぼえた aadappel のかわりに並んでいるのは・・・

Vastkokend, vrij Vastkokend, Kruimig, Zeer Kruimig, etc. etc.…

日本でいえば、「こしひかり」、「あきたこまち」、「水晶米」、etc. が並んでいるようなものだろうか。種類によって料理法も違うそうな。料理法は、言葉にして書いてしまうとあまり珍しく聞こえなくて残念だ。スーパーのお惣菜コーナーでよく見かけるマッシュポテト。野菜いりとかプレーンとか、いろいろな種類があって、上に大きなソーセージがどんとのっている。このあいだ訪ねた友人宅でいただいた「軽食」は、日本語でいうところのポテトサラダだった。レストランでセットメニューを注文すると、日本でなら「ライスかパンのどちらにしますか?」と聞かれるところ、オランダでは自動的にポテトフライがついてくることが多い。

ポテトフライはオランダ語では、patat とよばれるがマヨネーズをつけて食べるのが定番。なにもいわなければ真ん中にマヨネーズがでんとすわってでてくる。区別したいときには、patat met / patat zonder のどちらかを使えばよいそうだ。met はオランダ語で「~付き」 zonder は「~なし」。つまり、わざわざ「マヨネーズ」などといわなくても、「あり」か「なし」かをいえばそれだけでわかる、というわけ。大切な表現なので下にまとめてみました。

patat met (マヨネーズ)付きフライドポテト, French fries (chips) with
patat zonder (マヨネーズ)なしフライドポテト, French fries (chips) without

met と zonder のふつうの使い方は・・・
koffie met melk ミルク入りコーヒー, coffee with milk
koffie zonder melk ミルクなしコーヒー, coffee without milk

ちなみにケチャップをつけて食べたいときにはちゃんと、
patat met ketchup ケチャップ付きフライドポテト, frenchfries with ketchup

といわなくてはならないそうです。

アメリカやオーストラリアではよく日本人のマヨネーズ好きがよく話題になるけど(「ピザにまでマヨネーズ味があるなんて・・・」)、オランダの人には負けてるかも。



(参考) 山本紀夫. 2004. 『ジャガイモとインカ帝国―文明を生んだ植物』. 東京大学出版会. (ジャガイモのヨーロッパへの伝播についてはpp.6-9参照。)


(追記) このエッセイを書いてから、英語の apple はもともとは「果物」を指していたのではないか、という指摘をいただきました。さっそく調べてみたところ、appel, Apfel, apple, etc. は、印欧語祖語(ゲルマン諸語を含むヨーロッパ言語の共通の祖先となる言語)までさかのぼることができるようですが、もともとの意味は「果物一般(ただしナッツ類を含みベリー類を除く)」だったそうです。ジャガイモも「地面の食べもの」であれば納得!! 同様に、「禁断の木の実」として聖書に出てくる apple にも、書かれたときには「りんご」という特定の果物の意味はなかったのですね。


ある晴れた日に。 風車にはそれぞれに愛称がある。写真は De Put で、レンブラント生誕の地近くにある。