三尾 稔 『オックスフォード雑記帳』
オックスフォードの初夏
初夏のオックスフォード。
"May Morning"の聖歌を聞きに集まった人々
MagdalenCollegeの聖塔。かすかに聖歌隊の姿が見える。
→メーデーのストリートパフォーマンス
民族学博物館も基盤研究機関の1つになっている総合研究大学院大学の資金で3月下旬からオックスフォード大学に研修に来ている。こちらに着いたばかりの頃は雪が舞ったり、霜が降りたりと随分寒く、コートとマフラーが大活躍していた。3月の末には「夏時間」になったのだが、どこが「夏」なんだかという気候だった。
だが、イースターの休暇の頃から晴天続きで気温もぐんぐん上がりだした。イースターは春を祝うお祭りで今年は4月8日がイースターの日曜日にあたる。その前後1週間くらいはどこもかしこもお休みで、私の学寮は10日以上も食堂が休業になり自炊でしのぐことになった。イースターを過ぎると日照時間も本当に長くなり、今や午後8時半を過ぎないと日が沈まない。樹々も一斉に芽吹いて、北国も一気に初夏になった感がある。ラジオのニュースでも気温が20度を超えると" quite warm!" と大騒ぎしているので、まだ朝晩はヒーターが恋しいことがあっても立派に「初夏」なのだろう。ちなみに、学寮にたった1台の共用テレビのある部屋は私の住む建物とは別の棟にある上、古くて小さいので見に行ったことがない。こちらではテレビを買ってもさらに約4万円のライセンス料を払わないと見られないので、よほどリッチな学生以外はテレビを持っていないようだ。だから、ニュースはラジオか新聞、またはインターネットが頼りということになる。地元のサッカーチーム(プレミアリーグから数えると第5部に低迷中)の試合中継などもラジオで聞いて結構盛り上がっている。
そのオックスフォードで初夏を迎える伝統的な行事が"May Morning"である。これは5月1日の早朝、Magdalen(「マグダレン」ではなく「モードリン」と言わないとお上りさん扱いされる) Collegeの塔の上で聖歌隊が賛美歌を合唱し、お祈りをするという行事である。メーデーももともと季節の移り変わりを祝う祭礼で、ダンスや"May Queen"選びなど各地の様々な伝統行事が知られている。辞書を引くと、春のお祭りなどとも書かれているが、景色や陽光の印象から言えば「初夏」を祝う季節というほうがふさわしいように思う。"May Morning"もこのメーデーの行事の1つだ。知り合いから「オックスフォードに来た以上、絶対見ておかないと損だから」と言われたこともあり、朝5時に起きて行って見て来た。学生たちは前夜からパーティを開いて無礼講の大騒ぎをしている。
この日の朝はことのほか冷え込んで自転車をこいでゆくのに手袋がいるくらいだった。それでも、パーティ帰りで酔っ払ってご機嫌の学生たちや、早起きの住民たちが続々とMagdalen Collegeに向かってゆく。カレッジの塔の下に着いた5時半過ぎには、ぎっしりと見物が集まっていた。立ってビールやワイングラスを片手におしゃべりする人々、車座に道路に座って楽しむ学生たち、早くもカメラやビデオを構える観光客、などなど思い思いのスタイルで聖歌が聞こえてくるのを待っている。
6時に塔の鐘がなるとすぐに聖歌が始まる。それまでざわついていた見物の人たちも水を打ったように静かになり、聖歌に聞き入る。歌が拡声器で聞こえるのはちょっと興ざめではあったが、朝やけのさわやかな空に吸い込まれるように聞こえる歌には、異教徒の私もすがすがしい気持ちにさせられた。歌が終わると拍手と歓声。その後、イエスとカレッジの名の由来であるマグダラのマリア、そして新しい生命の息吹を讃える短いお説教があり、もう一曲賛美歌が歌われて"May Morning"は終わる。
長く待ったわりにはちょっとあっけない終わり方だが、見物の人たちも「さあ終わった」とばかりに、さばさばと塔を離れる。実はこの聖歌の行事は、メーデーのお祭り騒ぎにさしはさまれた短い聖なる時間帯といったところなのである。パブはこの日ばかりは朝6時から開店して「朝ビール」を出すし、ストリートでの歌やダンスやうかれ騒ぎは午前中一杯くらい続くのだ。
Magdalen CollegeはCherwell川という小川のほとりに立っていて、塔の脇には橋がかかっている。お祭り騒ぎがあって、橋と川、とくると飛び込みたくなる人が出るのは、別にどこかの野球ファンだけのことではないらしい。このMagdalen橋からの学生の飛び込みも、"May Morning"の最近の恒例になりつつあるという。川底は明らかに道頓堀より浅そうだし、川には結構いろんなゴミが捨てられていて危ないのは目に見えているのだが。例えば、ここで川ざらえをすると自転車が大量に出てくるらしい。オックスフォードは自転車の街なのだ。自転車盗難もイギリスで6番目に多い(1番はロンドン、ケンブリッジは3番だとか)という話もラジオのニュースで話題になっていた。今年は地元の警察が朝の間は橋の通行を封鎖し、見張りの警官も立たせるなど、この飛び込みの徹底取締りに乗り出した。声明で「歌は伝統行事だが、飛び込みは伝統ではない」という理由をつけるあたりが、イギリス風ではある。それでも警備をかいくぐって3人の学生が飛び込みを敢行したという。
こうして聖俗さまざまな行事と出来事が織り込まれたメーデーによって時間に刻み目が入れられて、オックスフォードに新しい季節が来る。学生たちも翌日からは教室や図書館に戻ってきまじめな顔で学問を再開する。間もなくすれば年度末の試験という最大の試練も始まるのである。
だが、イースターの休暇の頃から晴天続きで気温もぐんぐん上がりだした。イースターは春を祝うお祭りで今年は4月8日がイースターの日曜日にあたる。その前後1週間くらいはどこもかしこもお休みで、私の学寮は10日以上も食堂が休業になり自炊でしのぐことになった。イースターを過ぎると日照時間も本当に長くなり、今や午後8時半を過ぎないと日が沈まない。樹々も一斉に芽吹いて、北国も一気に初夏になった感がある。ラジオのニュースでも気温が20度を超えると" quite warm!" と大騒ぎしているので、まだ朝晩はヒーターが恋しいことがあっても立派に「初夏」なのだろう。ちなみに、学寮にたった1台の共用テレビのある部屋は私の住む建物とは別の棟にある上、古くて小さいので見に行ったことがない。こちらではテレビを買ってもさらに約4万円のライセンス料を払わないと見られないので、よほどリッチな学生以外はテレビを持っていないようだ。だから、ニュースはラジオか新聞、またはインターネットが頼りということになる。地元のサッカーチーム(プレミアリーグから数えると第5部に低迷中)の試合中継などもラジオで聞いて結構盛り上がっている。
そのオックスフォードで初夏を迎える伝統的な行事が"May Morning"である。これは5月1日の早朝、Magdalen(「マグダレン」ではなく「モードリン」と言わないとお上りさん扱いされる) Collegeの塔の上で聖歌隊が賛美歌を合唱し、お祈りをするという行事である。メーデーももともと季節の移り変わりを祝う祭礼で、ダンスや"May Queen"選びなど各地の様々な伝統行事が知られている。辞書を引くと、春のお祭りなどとも書かれているが、景色や陽光の印象から言えば「初夏」を祝う季節というほうがふさわしいように思う。"May Morning"もこのメーデーの行事の1つだ。知り合いから「オックスフォードに来た以上、絶対見ておかないと損だから」と言われたこともあり、朝5時に起きて行って見て来た。学生たちは前夜からパーティを開いて無礼講の大騒ぎをしている。
この日の朝はことのほか冷え込んで自転車をこいでゆくのに手袋がいるくらいだった。それでも、パーティ帰りで酔っ払ってご機嫌の学生たちや、早起きの住民たちが続々とMagdalen Collegeに向かってゆく。カレッジの塔の下に着いた5時半過ぎには、ぎっしりと見物が集まっていた。立ってビールやワイングラスを片手におしゃべりする人々、車座に道路に座って楽しむ学生たち、早くもカメラやビデオを構える観光客、などなど思い思いのスタイルで聖歌が聞こえてくるのを待っている。
6時に塔の鐘がなるとすぐに聖歌が始まる。それまでざわついていた見物の人たちも水を打ったように静かになり、聖歌に聞き入る。歌が拡声器で聞こえるのはちょっと興ざめではあったが、朝やけのさわやかな空に吸い込まれるように聞こえる歌には、異教徒の私もすがすがしい気持ちにさせられた。歌が終わると拍手と歓声。その後、イエスとカレッジの名の由来であるマグダラのマリア、そして新しい生命の息吹を讃える短いお説教があり、もう一曲賛美歌が歌われて"May Morning"は終わる。
長く待ったわりにはちょっとあっけない終わり方だが、見物の人たちも「さあ終わった」とばかりに、さばさばと塔を離れる。実はこの聖歌の行事は、メーデーのお祭り騒ぎにさしはさまれた短い聖なる時間帯といったところなのである。パブはこの日ばかりは朝6時から開店して「朝ビール」を出すし、ストリートでの歌やダンスやうかれ騒ぎは午前中一杯くらい続くのだ。
Magdalen CollegeはCherwell川という小川のほとりに立っていて、塔の脇には橋がかかっている。お祭り騒ぎがあって、橋と川、とくると飛び込みたくなる人が出るのは、別にどこかの野球ファンだけのことではないらしい。このMagdalen橋からの学生の飛び込みも、"May Morning"の最近の恒例になりつつあるという。川底は明らかに道頓堀より浅そうだし、川には結構いろんなゴミが捨てられていて危ないのは目に見えているのだが。例えば、ここで川ざらえをすると自転車が大量に出てくるらしい。オックスフォードは自転車の街なのだ。自転車盗難もイギリスで6番目に多い(1番はロンドン、ケンブリッジは3番だとか)という話もラジオのニュースで話題になっていた。今年は地元の警察が朝の間は橋の通行を封鎖し、見張りの警官も立たせるなど、この飛び込みの徹底取締りに乗り出した。声明で「歌は伝統行事だが、飛び込みは伝統ではない」という理由をつけるあたりが、イギリス風ではある。それでも警備をかいくぐって3人の学生が飛び込みを敢行したという。
こうして聖俗さまざまな行事と出来事が織り込まれたメーデーによって時間に刻み目が入れられて、オックスフォードに新しい季節が来る。学生たちも翌日からは教室や図書館に戻ってきまじめな顔で学問を再開する。間もなくすれば年度末の試験という最大の試練も始まるのである。