国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

野林厚志『ブリテン島紳士録』

野林厚志『ブリテン島紳士録』

食べること
 クリスマスの楽しみは何といっても、ご馳走である。日本のお正月に食べるおせち料理同様に、こちらにも伝統的なクリスマス料理が存在する。七面鳥は日本でもおなじみのクリスマスに食べる鳥である。七面鳥はガチョウとアヒルとあわせてポルトリーとよばれているが、なんといってもクリスマスの主役は七面鳥である。肉屋さんでは2ヶ月位前から予約を受け付けている。我が家でもこの七面鳥のローストに挑戦することにした。
 オックススフォードには、町の中心にカバーマーケットという昔ながらの市場がある。八百屋、チーズ屋、肉屋、英国の内陸部には珍しい新鮮な魚を売る魚屋まである。やはり七面鳥はこのマーケットで買わなければと、市場の中をうろうろしながら、一番お客さんの多そうな店を選んだ。何人か順番待ちをして、いよいよ私の番になった。
「すいません。クリスマスの鳥(poultry)の予約をしたいんですけど、なんせ、初めて鳥を焼くので、右も左もわからないんですよ。アドバイスも含めてよろしくお願いしたいのですが」
「うーん、俺は鳥の焼き方はわからないから、俺の妻を貸してやればいいんだけど、そうするとうちの鳥を焼くのがいなくなる。こっちのスーザンが鳥の予約をやっているから、彼女と話してくれよ」
おいおい、それってイングリシュユーモアかい?スーザンはすでに他のお客の予約をとっていたので、食事中(といっても、立ちながらミートパイをほおばっていただけだが)のケンをよんでくれた。

「さあ、はじめましょう。何を注文ですか」
「何があるんですか。何せ初めてなもので。」
「OK、OK。なんといっても七面鳥が一番。肉は多いし安い。一番高いのはガチョウ。アヒルはその間くらいかな。もちろんチキンもあるよ。あと、クリスマス用にウサギというの悪くないね。」
「うちは、大人2人に子供が小さいのが2人なんですけど」
「じゃあ、七面鳥の小さいやつがいいと思うよ」
「でも、ガチョウというのも面白そうに思うんだけど」

ケンがにやりと笑った。

「本物で説明しよう」

ケンは私を連れて店の外に出た。外には巨大な鳥がぶら下がっている。羽根をむしられ丸裸にされた鳥たちである。ケンは普通のローストチキンの3倍くらいある鳥をもちながら、

「こいつがだいたい4kgちょっとの七面鳥だよ。これが小さい方。肉もしっかりついている。ガチョウはこれよりも一回り小さい。大体3kgちょっといったところかな」
「4kgはちょっと大きすぎるな。せいぜいガチョウかな」
「でも、ガチョウは0.5kgぐらいしか肉がついてないぜ。」
「????? もしかして、それってあとは全部脂肪ってこと?」
「その通り。」

さすがに脂肪の塊を買う気にはなれなかったので、七面鳥にすることにした。

「どこまで、処理してくれるの」
「羽根だけはとるよ」
「スタンダードなスタッフィング(詰め物)までできないかな?」
「できない。それはあんたの仕事だよ。好きなものを好きなだけつめればいいよ。それも楽しまなくちゃ。で、いつ取りにくる?23、24日は行列ができるぐらいに混むよ。」
「そうそう、新聞か雑誌を持ってきたほうがいいよ」

と別の客。

「22日は少し込み方も違う。それでも、やっぱり行列ができるなあ。」

七面鳥ということで、22日には我が家に4kgの七面鳥が登場した。幸いなことに23日に客人が来ることになったので、我が家の七面鳥は新鮮な状態で調理されることになった。ここまで書いて気がついたのだが、七面鳥は確か北アメリカ原産だったはずである。アメリカにわたった清教徒が「アメリカインディアン」に野生の七面鳥を教えてもらってから、ヨーロッパに輸出されたと記憶している。それまでは、クリスマスの鳥といえば、ガチョウかアヒルだったようである。いずれにせよ、七面鳥などを焼くのははじめての経験だし、料理雑誌を買って研究をはじめた。この時期はもちろんクリスマス特集である。そこで、気になったことが一つある。それは、料理のタイムスケジュールがどの雑誌にも細かく書かれていることである。例えばこんな感じである。
 

【2時の昼食、6人用】
 当日前:アイスクリームを2週間前までに容器につめておく。
    チーズログケーキは3日前に作ること。クリスマスプディングは2,3ヶ月前から入手可能
 8:30am オーブンを220度に温めておく。ガスの場合は強度7
 9:00am 七面鳥をオーブンの中にいれる。
 10:00am オーブンの温度を190度に下げる。ガスの場合は強度5
 ・・・・・・・・
 13:10pm ポテトをローストする。プディングを蒸す。
 13:20pm パースニップとニンジンをローストする。
 13:25pm 七面鳥の付け合せをオーブンに入れる。ブレッドソースをつくる。
 13:30pm 七面鳥をオーブンからだす。
 ・・・・・・・・
 14:00pm 昼食開始
(このあともデザートの準備が書かれている)

 もちろん、これにまったく沿ったことをする人たちはいないだろうが(でも、私は案外多いのではないかとふんでいる)、そもそもこうしたスケジュールが登場することが面白い。
 英国の人たちと色々な約束をするときにいつも登場するのが、ばかでかいダイアリーである。誰もがオフィスにA4ぐらいのダイアリーを持っていて、約束を書き込んでいる。面白いぐらいに皆同じである。そして、予定を書き込むときは結構嬉しそうにする。気持ちはわからないではない。やはり真っ白なダイアリーよりは、予定が書かれているほうが仕事している実感は湧くものだ。もっともその仕事自体が歓迎すべきものか否かは別ではあるが。いずれにせよ日や時間をきめてそれを細かく書き込む習慣が英国にあるような気がする。英国人は時間にうるさいとよく耳にする。でも付き合ってみると、以外に時間にルーズな面はある。時間に細かいという英国人に与えられたレッテルは予定を細かくたてるところにも一因があるのかもしれない。
 話を食事にもどして、11月もなかばになると、セインズベリーとかテスコといった、こちらの大型スーパーマーケットからダイレクトメールが届く。タイトルはずばり'Making Christmas special'、素敵なクリスマスにしましょうである。内容はもりだくさんなのだが、やはり、トップの項目はなんといっても料理。案の定、「なんてFATな食事なの!!」である。オレンジをまわりにはりつけてこんがり焼いたハム。クランベリーが上にたっぷりとのせられ、中にはポークと七面鳥がはさまれたパイ。あなたに2kg増量は保証しますと言いたいばかりのこってりとしたパテ。クリスマスといえば、腹に香辛料をつめこんだ七面鳥の丸焼きなんてのをイメージしがちだが、日本のおせち料理同様、デパートやスーパーマーケットは、独自のクリスマス料理で競っているのである。TVの料理番組や料理雑誌にも、この時期にはクリスマスに楽しむ料理の特集が組まれる。日本と同じように英国でも有名な料理人というのが登場し、伝統的なクリスマス料理をアレンジしたものから「エスニック」料理まで様々なメニューを紹介していく。この「エスニック」というなんともいえない響きの中には当然日本も含まれている。英国では日本も「エスニック」なのである。そこで、見つけた摩訶不思議な料理があった。
 ジャミー・オリバー君という(君をつけたくなるような若者である)料理人が結構人気を博している。彼はBBCのネイキッドシェフという番組の料理人であり、カジュアルに料理を楽しもうというスタイルで頑張っている。普段着で、普通の台所で人としゃべりながら料理を作るという、目線の低さを売り物にしているのも面白い。とはいっても、ジャミー君の手際は洗練されているし、魚を別のまな板を使ってさばくところなどはプロの料理人だなと思わずにはいられない。そんな彼が、クリスマスに楽しむ「日本の味」を紹介していた。彼がその一品につけたタイトルは'Japanese Rolled Pork with Plums, Coriander, Soy Sauce and Spring Onions'である。
 彼が用意したのは、豚肉の薄切り、青梅、コリアンダー、醤油である。豚の薄切りは英国ではなかなか手に入りにくいなどと言いながら、彼はまず青梅の皮をむき、荒切りにして、フライパンで炒めはじめた。砂糖をまぶすと同時に、八角と生姜もいれている。「おいおいそれじゃあ中華になっちゃうよ」と思いながら、相手はテレビなので見守るほかない。形のくずれた中華風の青梅の炒め物はコリアンダーとまぜられたあと、豚肉の上に載せられ、くるくると巻かれた。そこで、登場したのが中華せいろ。15分ほどせいろで蒸されて料理は終了。刻んだねぎをいれた醤油につけて食べるそうだ。
 これは鳥肉の紫蘇巻き梅肉和えにコンセプトは近いかもしれない。しかしながら、はっきりいって日本の食べ物とはあまりもかけ離れている。梅肉は確かにPlumかもしれないが、青梅を使うとはおそれいったし、紫蘇は確かに香りが強いかもしれないが、コリアンダーとは一緒にはできないであろう。おそるべき異文化ならぬ「エスニック」料理の紹介である。英国における日本へのまなざしをあなどることはできない。逆に、日本で「~」料理というものの怪しさも同じようなものなのであろう。
それにしても、こちらはクリスマスといえどもオーブンを使い、料理を作る。場所によっては火を落としてはいけない習慣さえもあるという。竈を「閉めて」しまう日本の暮れとは対照的である。

[2001年12月]