国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究テーマ・トピックス|塚田誠之

チワン(壮)族の春を告げる祭り─搶花炮(シン・バウアー)

 
  1. 国境の村、新興村
  2. 搶花炮の現場から

国境の村、新興村

 
靖西県のカルスト地形
靖西県のカルスト地形

2003年3月4日、わたしは靖西県湖潤鎮新興村というところにいた。早朝に県庁所在地を車で出発して1時間ほどでつく。この日は旧暦の2月2日に当たり、土地の神様、土地公祭りの日で、さまざまな行事が行われる。その目玉は「搶花炮(シン・バウアー)」という、直径6cmほどの小さな鉄の輪を火薬で打ち上げて大勢で奪い合う行事である(「搶」は「奪う」意味の動詞である)。チワン(壮)族の民族的行事として、靖西県内でも4,5個所で行われる。期日は必ずしも同じでないが、大体新暦3月~4月上旬に行われる春の行事である。

 

靖西県は、中国の南部、広西壮族自治区西部、ベトナムとの国境地域に立地し、約56万人の人口をもつが、うち99%以上がチワン(壮)族である。ただし、正確な統計はないが、県庁所在地や郷鎮の市街地にはもと漢族でのち壮族になった人々も含まれる。カルスト地形の奇観は「小桂林」と称される風光明媚なところである。しかし、これといった産業もない山地の貧しい県で、近年はおおくの若者が沿海部に出稼ぎに行く。この靖西県はわたしのよく行く調査地の一つで、数年前に春節(旧暦正月)を過ごしたこともある。


新興村のメインストリート
新興村のメインストリート

新興村は人口1400人ほどの農村である。農村といっても、県内の他地域とは異なり、寒村のイメージからはほど遠い豊かなところである。マンガン鉱山が一帯にあり、その採掘の請負で財を成した人々が市街地に2,3階建てのビルを建てている。市街地にはビルが立ち並んでいる。メインストリートは1本のみ。住民の中には多角経営で商店を経営している人、掘り出したマンガンを運送する運輸業に従事している人も少なくない。彼らは春の祭りの有力なスポンサーである。経済的発展と文化の継承・振興はここでは対応関係にある。

 
定期市の露店 鶏やアヒルを売っている
定期市の露店 鶏やアヒルを売っている

ベトナム国境から2kmしか離れていないので、ベトナム人も日常的にやって来る。ここで10日に3日の割合で定期市が開催されるが、ベトナムの人々が鶏やアヒルを竹篭に入れて自転車やバイクに乗って、あるいは天秤棒をかついで歩いて売りに来る。ベトナムの人々はカオバン省チョンチン県の少数民族ヌン族がほとんどで、言語的にはここのチワン族と同じ系統だ。正確に言えば、中国でチワン族に分類される人々のうち、一部の地方集団がベトナムではヌン族とされているのである。広西にはピンシャン市(向かいはドンダン市)のプージャイ・ノンホアイやドンシン市(向かいはモンカイ市)などの大きな国境貿易点があり、中国各地から来た商人やベトナム国境ツアーを楽しむ人々で賑わっているが、新興村は小さな貿易点に過ぎない。それでも例年のこの祭りにはベトナムから数千人の人々が来るという。

 
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