国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

移動する(3) ─氷上の移動─

異文化を学ぶ


狩猟民イヌイットが住む極北では、一年の大半が氷雪に覆われている。冬季におけるキャンプ地の移転や訪問、狩猟のための移動の手段は、犬ぞりであった。犬ぞりを用いた移動は日常茶飯事であり、彼らの生活の一部であった。

ところがイヌイットが定住生活をはじめた1960年代には、村が生活の中心となり、おもにハンターのみが狩猟に出かけるようになった。また、移動の手段もスノーモービルに取って代わられた。

近代化の象徴である定住生活や移動手段の機械化はイヌイットの生活を楽にさせた。しかし、大自然の中を移動しながらすごす時間をおおはばに短縮させ、自然環境との関係を希薄にさせた。

いまや移動に基づく生活は彼らの記憶の中にしか存在していない。

国立民族学博物館 岸上伸啓
毎日新聞夕刊(2007年8月15日)に掲載