労働と宗教(4) ─工場の精霊─
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タイは仏教の国だが、アニミズムの伝統が今日なお強く残っており、人びとの精神生活を支えている。アニミズムとは、動植物やモノに霊魂が宿るとする信仰である。木には木の精霊が、米には米の精霊がおり、人との関係を見守っている。労働を管理するとも言え、人間が怠けて動植物やモノを粗末に扱うと、精霊が怒って災いをもたらす。
わたしが以前調査をしていた日系の工場には、敷地内に高さ2㍍くらいの立派なほこらがあり、総務係の女性が毎日バナナやお菓子を水といっしょに供えていた。なんの神様かとたずねると、土地を守る精霊だと言う。
あるとき、工場の女子トイレで幽霊騒ぎが起きた。残業のあいまに一人でトイレへ行くと、誰もいないのにドアを閉める音や水を流す音がするという。多くの女性が怖がって、残業を嫌がるようになった。総務係が霊媒のところへ相談に行くと、工場が現在ある場所は100年前に火葬場だった、トイレの事件は幽霊のしわざなので、儀礼をして土地の精霊の加護を祈りなさい、とお告げがあった。言われたとおりにすると、騒ぎはピタリと収まった。
慣れない残業に若い女性が抱く精神的な不安が、幽霊を呼び込んだのであろう。土地の精霊は不安の解消に一役買ったのである。
国立民族学博物館 平井京之介
毎日新聞夕刊(2008年4月23日)に掲載