国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

便利?不便?(4) ─不便の恩寵(おんちょう)─

異文化を学ぶ


東南アジアのラオスの旧王都ルアンパバーン(ルアンプラバン)は、王宮や多くの寺院の建ち並ぶなかに、昔ながらの家屋の連なる伝統の町である。私がここを最初に訪れたのは、1990年代の初めである。ベトナムなどと同様に、ラオスも国を開き始めたころのことで、訪れる外国人も数えるほどしかいなかった。

そのとき、この町で不便を感じたのは、ホテルを除いては食事のできる場がないことであった。食堂も数軒あるにはあったが、事前に何を食べるか注文をしておかないと、食事の時間に行っても何も用意されていない。考えてみれば、よそ者がほとんど訪れることのないところでは、外食産業など成り立ちようがない。

そんなルアンパバーンも95年に世界遺産に指定されると、海外から観光客がどっと押しよせるようになった。ガイドブックをひもとくと、レストランやバー、ピザハウスなど何十軒も載っている。さぞかし便利で、にぎやかになったことであろう。

私は今、かつてこの町でゆったりと心洗われる時間を過ごしたことを思い返している。それができたのは、不便の恩寵であったと言うべきかもしれない。

国立民族学博物館 田村克己
毎日新聞夕刊(2008年12月24日)に掲載