旅・いろいろ地球人
暖をとる
- (1)極北の紅茶 2009年12月2日刊行
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岸上伸啓(先端人類科学研究部教授)
食後に紅茶を楽しむ今から25年ほど前の夏。極北の地に住むイヌイットのカヌーに乗せてもらってアザラシ猟に行ったときのことだ。8月とはいえ、日本製の船外機の力を借りて海上を爆走すると体感温度が落ち、防寒服を着ていても震えだすほど寒かった。このとき、彼らは頻繁に休憩をとり、近くの海岸に上陸するとコールマンストー ブを使ってお湯を沸かし、紅茶を飲んでいた。狩猟の時間よりも、お茶を飲みながら談笑している時間の方が長いことにはびっくりした。
また、友人宅や石製彫刻を制作しているテントを訪ねると、大量の紅茶が入った大きなやかんがあり、いつも紅茶を振る舞ってくれた。コップをもてば、なぜか話がはずむ。
もともと極地には茶は自生していない。紅茶を飲む習慣は、100年以上も前にスコットランドから来た捕鯨船や毛皮交易に携わるハドソン湾会社の交易者がもたらしたものだ。イヌイットは、地元にはない甘い砂糖を大量に入れて、飲むようになった。
イヌイットにとって紅茶は冷え切った体を温め、来客を心からもてなす魔法の飲み物である。現在、彼らの作りだした彫刻品などを民博で展示中である。シリーズの他のコラムを読む
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