国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

そう言えば、あのとき・・・・

(6)祭り、記憶と祈願のかたち  2010年5月19日刊行
韓敏(民族社会研究部教授)

龍の下をくぐる子供たち

昨年、調査のため中国安徽(あんき)省和(わ)県烏江鎮(うこうちん)に出かけたことがある。紀元前202年、漢軍に敗れた項羽が自害した場所だ。劉邦は項羽を討ちとった者に領土を与えると約束していたので、漢軍将兵たちは項羽の死体を奪い合った。不憫(ふびん)に思った地元の人々が、項羽の衣服と死体の一部を埋葬したのが、いまの衣冠塚(いかんちょう)である。後世、唐代には項王祠(こうおうし)が、南宋時代には項王廟(こうおうびょう)が建てられた。文化大革命の時は中学校に転用され、一部は破壊されたが、今は再建されている。

旧暦3月3日に項羽を祀(まつ)る。近年、安徽省から非物質文化遺産に認定されたその祭礼の間、7万2000平方メートルの敷地内に参拝者があふれかえる。線香をあげ、爆竹を鳴らす。ナズナを採って帰り、調理して食べると病気が治ると信じられている。県営劇団が安徽省中南部地域の伝統的歌劇である廬劇(ろげき)、一般人が龍舞、芝居、胡弓などを披露し、陽気な雰囲気を演出している。「覇王別姫(べっき)」のような悲劇は演じない。

政治家は項羽を軍略で評価し、文人は哀惜の念を発しているのに対し、民衆は彼を英雄、菩薩(ぼさつ)、神として拝んでいる。にぎやかな祭礼は民衆の記憶のかたちであり、彼らの願望を表象する場でもある。

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