旅・いろいろ地球人
風を求めて
- (1)地中海のほとりにて 2012年7月5日刊行
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菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)
カルメル山より地中海とハイファ市街地を望む=イスラエルで、筆者撮影集めてきた資料を前にして、暑さと湿気に呻吟(しんぎん)しながら考えをまとめあぐねていると、友人が声をかけてくる。
「ねえ、ちょっと『風の香りを嗅(か)ぎに』行かない?」
シャンム・ル・ハワー。気晴らしのため、ちょっと外出する、という意味の、アラビア語の口語表現だ。直訳すると、風の香りを嗅ぐ。その表現の美しさが、とても気に入っている。
こんなときの行先は、若者ならば冷房のきいた、郊外のショッピングモールと決まっている。けれども年老いた友人と一緒のとき、風の香りを嗅ぎに行く先は、たいてい地中海の岸辺であった。往復2キロほどの道のりを、潮の匂いのする重たい大気の中を泳ぐように、ゆっくりゆっくり歩く。
歩きながら、友人はいろいろな話を聞かせてくれた。ユダヤ人が主導権を握るこの国イスラエルで、底辺の労働者として生きるアラブ人の暮らし。打ち寄せる波に、血管がいびつに浮き出た手足を浸して、彼女は苦笑する。
「こんなことするの、はじめてかも。若いころは、ここまで来る余裕すらなかったんだから」
夏になると、あの湿った潮風の匂いを思い出す。友人は今年もまたあの海辺の街で、私と一緒に風の香りを嗅ぎに行くのを、待っていてくれる。
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