国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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美味望郷

(1)北極海のクジラ料理  2012年9月6日刊行
岸上伸啓(国立民族学博物館教授)

祝宴でミキガックを振る舞う女性(中央)=筆者撮影

アラスカの北極海沿岸に住む捕鯨民イヌピアットは、春と秋に沿岸近くを回遊するホッキョククジラを捕獲している。

彼らにとってクジラは、かつてもっとも重要な生活の糧であったために、現在でもすべての可食部位を無駄にすることなく、茹(ゆ)でたり、冷凍したり、発酵させたり、あるいは生のままの状態などで食べている。

イヌピアットは、なかでも、クジラ肉と脂皮、脂肪、血液を混ぜ合わせ、発酵させた「ミキガック」という料理をたいへんに好む。彼らはその甘酸っぱい味がこのうえなく美味(おい)しいというが、どす黒い見た目と苦味のきいたすっぱい味、独特なにおいのために、私はなじめないでいる。

ミキガックは、捕鯨祭りやクリスマスの祝宴など特別な時に振る舞われる料理であり、2週間ぐらい熟成させて作られる。彼らにとって顎(あご)が落ちるほどのごちそうであり、民族の味である。それを食べることはアイデンティティーの源泉のひとつになっている。

私はイヌピアットの捕鯨文化を調査するために、現地にこれまで12度、足を運んだ。しかし、この料理を美味しく食べるようになるまでは、私はよそ者であり続け、彼らの文化を深く理解できないのだろうと思う。

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