国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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美味望郷

(3)エチオピアの蜂蜜酒  2012年9月20日刊行
川瀬慈(国立民族学博物館助教)

フラスコ形の容器でタッジを飲む老夫婦=エチオピアで、筆者撮影

タッジはエチオピアの蜂蜜酒である。ゲショと呼ばれる苦味つけの木の枝を煮出した汁と、蜂蜜とを混ぜ合わせて発酵させて造る。タッジはかつて、高級酒として位置づけられ、王侯貴族の晩餐(ばんさん)をモチーフにした絵画や、富める者をテーマにした唄のなかに、富や豊かさの象徴として登場してきた。

タッジのみを扱う居酒屋、タッジベット(現地の公用語、アムハラ語で"タッジの家"の意)では、フラスコ形の容器にタッジを入れて飲む。ほのかな酸味を含んだ蜂蜜の甘さに誘われ、ついつい、ぐいぐい飲んでしまうが、アルコール度数が決して低いわけではないので、飲むペースをわきまえねばならない。

タッジベットは、週に数日開催される市場の日に特に賑(にぎ)わう。近隣の農村から街へ出てきて、市場での一仕事を終えた農家の人たちにとって、タッジを飲みながら慌ただしく過ぎた1日を振り返り、仲間たちと歓談するのは、何よりもの楽しみである。タッジベットでは、どこからともなく流しの吟遊詩人が現れ、弦楽器を奏でながら唄い、ほろ酔い加減の客をいい気分にさせ、チップを要求する。

地酒に誇りを持つのは、どこの国でも同じなのか、自らの故郷のタッジがエチオピア一うまい、と誇る者も多い。

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