国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

鉄路叙景

(6)古くて新しい都市の足  2012年12月6日刊行
森明子(国立民族学博物館教授)

ミュンヘンのトラム=筆者撮影

トラムとは路面電車の別名である。日本では少なくなったが、ウィーンやミュンヘンなどヨーロッパの都市では、いまも日常的な交通機関である。

トラムの座席に着くと、視線は街を歩くときとほぼ同じ高さ、速度は速すぎず遅すぎずで、この乗り物が、身体と親和しているのを感じる。特に、発車してから走行、停車するまでの動きは、ひとつの流れをなしていて、自動車のブレーキが唐突であるのと対照的である。枕木のリズムを刻む列車ともまったく違う。

トラムの歴史は、馬に引かせた馬車鉄道に始まった。1881年、ベルリンに電気動力のトラムが登場してから、急速に普及する。しかし第二次大戦後の経済成長期になると、自動車交通の障壁と見なされるようになり、1970年ごろには廃止傾向がはっきり現れる。ところが、この頃ドイツを中心に、生活の「質」を重視し、環境への配慮が政治を左右する動きが起こる。トラムは都市交通の担い手として見直された。現在のトラムが、都心の交通の要衝を走っているのは、こうした19世紀以来の歴史によっている。

のん気に走っているように見えるトラムが、実は、現代の都市に選ばれた優れものだったと知る。味なことである。

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