国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

鉄路叙景

(8)インドの爽やかな朝  2012年12月20日刊行
寺田吉孝(国立民族学博物館教授)

インドの汽車旅で迎える朝はすがすがしい=南部タミルナド州で、筆者撮影

今から25年以上も前のこと。私は南インドのチェンナイで、音楽を学ぶために、ある楽師に弟子入りした。師匠が遠く離れた町で演奏することになり、私も同行することになった。伴奏者を含め総勢6人。初めての夜汽車に乗りこんだ。

持参した夕食を食べ、話をするうちに寝る時間になったが、一番安い2等車なので寝台がない。どうやって寝るのだろうと考えているうちに、皆はそれぞれ場所を見つけて横になり始めた。太鼓奏者は床にごろり。師匠は座席で眠っている。気がつけば起きているのは私だけ。座ったまま眠ろうとしたが、我慢できなくなり床にルンギ(腰布)を敷いて横になる。

すると、少し離れたところで2匹の大きなゴキブリが動いているのが見えた。蚊もいるので頭からすっぽり布をかぶったら、今度は蒸し暑くて息苦しい。それでも、疲れが極限に達し、いつしか眠りに落ちた。

硬い床だったので、目覚めると体中が痛かったが、朝の爽やかな空気に包まれると急に元気が出る。じきに暑くなるのが分かっているから、早朝の涼しい一時は貴重だ。車窓から目に飛び込んでくる水田の緑はまぶしいほど鮮やかだ。今日の師匠はどんな演奏をするのだろうと考えながら飲んだチャイ(ミルク茶)は格別においしかった。

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