旅・いろいろ地球人
食べる
- (2)母乳をもらう 2014年8月7日刊行
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松尾瑞穂(国立民族学博物館准教授)
村の無料診療所へ検診に来た母子=インド・マハーラーシュトラ州で2006年11月、筆者撮影インドでは、母乳は母から子へ継承され、母子のつながりを生み出す重要な身体物質だとされている。そのため、伝統的に「もらい乳」の習慣はほとんどみられない。ごくまれに乳母がいるとしても、その子と乳母の実子とは、母乳を介して実の兄弟のようなつながりを持つとされ、異性同士の場合は両者の結婚は社会的に忌避される。また、代理出産で代理母に妊娠・出産まで依頼していても、代理母による授乳は断る人もいる。
1980年代以降、母乳は栄養が豊富で、新生児の免疫力を高めると見直され、ユニセフなどによって母乳保育が推奨されるようになった。特に途上国では、お金もかからず衛生的な母乳が望ましいとされている。そうした流れを受け、インドでも母乳が出ない人のための「母乳バンク」設立の動きが、大都市の病院で始まっている。これはいわば、献血の母乳版というべきもので、母乳がよく出る人から搾乳させてもらったお乳を冷凍保存しておき、必要な赤ん坊に与えるというものだ。
これまで、他人の母乳をわが子に飲ませることに抵抗感の強かったインドにおいて、病院という近代的システムのなかでの、顔の見えない第三者からの身体物質の受け渡しは受け入れられるのか、未知数である。
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