国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

父親

(1)入り婿の村  2014年11月20日刊行
信田敏宏(国立民族学博物館教授)

村の婚約式。中央の若い男性が入り婿=マレーシアのヌグリ・スンビラン州で2005年2月、筆者撮影

マレーシアのヌグリ・スンビラン州に位置する先住民オラン・アスリの村は、母系社会として知られている。家屋や土地などの財産は女性が管理し、母から娘へと相続される。一方、男性は結婚後、妻方の村や家に移り住み、居候のような立場で生活を送ることとなる。

村では、父と息子の関係はまるで年の離れた友達のようである。婿入りしてきた父は、息子に甘く、厳しく叱ったりすることはほとんどない。息子も優しい父を慕い、何かと手助けをする。なぜなら、息子もいつか結婚すれば、父と同じ境遇になることを知っているからである。父と息子の関係は羨ましいほど穏やかである。

しかし、その同じ父親は、彼の姉妹の息子、つまりオイには、同じ人とは思えないほど厳しい態度で接している。その姿は一昔前の日本の厳格な父親そのものである。

理由は母系社会にある。村では、男性のみが称号を持ち、その称号は息子ではなくオイ(姉妹の息子)に引き継がれる。つまり、ある男性の称号継承者は息子ではなく、その男性の姉妹の息子なのである。そのため、オイに対する態度は自然に厳しくなり、逆に、後継ぎではない息子とは、気楽な関係でいられるのだ。

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