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ミュージアム
- (9)負の歴史を現場で見る 2015年9月3日刊行
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太田心平(国立民族学博物館准教授)
恐怖の館=2013年、筆者撮影2002年、ハンガリーの首都ブダペストに「恐怖の館」が開館した。第二次大戦時の親ナチス政権や、共産党独裁下の公安当局が、拷問などに使っていた建物を改築し、20世紀の「負の歴史」の展示場にしたものだ。
一昨年末にここを訪れたところ、冬季休暇中のためか、欧州中から来た若者で超満員だった。その真摯(しんし)な観覧ぶりといったら、膨大な量の解説シートを熟読する人が珍しくないほど。
地元の大学生たちと館内で知りあった。ある女子学生が曰(いわ)く、ドイツやソ連のせいで恐怖政治が起きたと言いたげな解説が多いが、実際の悪者はハンガリー人自身でもあったはず。熱い。ただ、他方で冷静さもあり、「自分の見方は絶対じゃない」、「みな少しずつ別の見方をしているのを感じた」とも。
とかく負の歴史の展示は、特定のイデオロギーの流布装置だと批判されがちだ。しかし、彼女は展示に潜むイデオロギーに感染しない。異論を攻撃したりもしない。実物を前にすることで初めてえられる厳粛さで心を鎮め、歴史解釈の複数性をむしろ楽しんでいた。
負の歴史について語るとき、我々は書面や画面をで激論しがちだ。だが、現場を肌で感じ、観覧経験をともにし口を開けば、人はより他者に配慮して対話できるようになるのかもしれない。
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