国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

手仕事の今

(2)ネパールの敷物づくり  2016年7月14日刊行
上羽陽子(国立民族学博物館准教授)

大量の原毛はそのままでは糸にすることができないため、梳毛具で繊維をほぐす必要がある=2011年、筆者撮影

 「泥棒がこの村に入る時間なんてなかったのよ」。ここはエベレストから南へ約75キロの東ネパールのとある村。この村の娘は夜なべ仕事として、姑(しゅうとめ)に大量のヒツジの原毛を用意され、繊維方向を整える梳毛(そもう)作業を命じられる。明け方には谷での水くみが待っている。「戻ってきたら遅いと言われ、この村の娘は寝る暇なんてなかったわよ」

 チベット=ビルマ語系の民族集団に属するグルンの女性たちは、ヒツジの放牧をおこなう男性家族の防寒・防雨用に羊毛織物をつくってきた。

 近年は化繊の既製品にかわりつつあり、徐々に女性たちが自家消費用の羊毛織物をつくらなくなっている。もっぱら織物は現金収入が目的となり、時間があれば敷物づくりをして、副業として現金化している。

 現在、それも減少傾向にある。実は、この敷物づくりを支えてきたのは、子どもやお年寄り、さらには夫らである。最も手間のかかる梳毛作業は、女性の夜なべだけではまかなえない。影の労働力である夫が支えてきたのだ。しか夫が、出稼ぎなどへ行き、仕送りによる現金収入が増えると、女性たちは敷物づくりをやめてしまうのだ。

 女性たちの手仕事は、作業時間=価格に直結している。副業的な手仕事の運命がここにある。

シリーズの他のコラムを読む
(1)インドの放牧用袋づくり
(2)ネパールの敷物づくり
(3)機械か、人か
(4)つくる行為に意味がある