国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

カザフスタン点描

(2)草原に暮らす家族  2017年5月18日刊行
藤本透子(国立民族学博物館准教授)

馬に乗って家へと向かう男性が見える=パヴロダル州の人口約650人の村で2013年、筆者撮影

街から郊外へ車を走らせると、見渡す限りの草原が広がる。草原にぽつんぽつんと点在する村のひとつを、ここ15年間、たびたび訪問してきた。夏は涼しいが、冬は長く厳しい。村の主な生業は牧畜である。

今年3月、村の一軒の家でお祝い事があった。世帯主の男性が63歳になり、年金生活に入ったことを、子ども5人と孫12人が、親戚や友人たちを招待してにぎやかに祝ったのである。

この「年金祝い」は、いわゆる退職祝いとは少し違う。旧ソ連から独立したカザフスタンでは、社会主義体制からの移行にともなって、国営企業や国営農場が解散した。その際、村人の多くが職を失った。今年63歳になった男性も、20年以上にわたり「失業」していた。失業中は、家畜を世話し、日々の食料としたり、時には市場で売ったりして家計を支えてきた。

暮らし向きが厳しい村人たちにとって、年金は貴重な現金収入源である。また、年金受給の年齢に達したということは長寿でもある。そこで、子どもたちが父親の「年金祝い」を企画したのであった。

物価は上昇しつづけており、年金によって暮らしが目に見えて楽になることはおそらくない。しかし、子や孫に囲まれて祝ってもらったことが何よりもうれしかったらしい。祝いのご馳走は、父親自身が育てたウマの肉料理だった。

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