国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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音楽の名手たち

(3)語り継がれるカリスマ  2017年11月16日刊行
寺田吉孝(国立民族学博物館教授)

ラージャラッティナムの有名なポートレート

ナーガスワラムは、南インドのヒンドゥー教徒の間で最も頻繁に演奏される楽器の一つだ。チャルメラと同じように、リードに息を吹き込んで演奏する。この楽器の音は吉祥とされ、寺院の儀礼や祭礼、結婚式などでは欠かせない。

20世紀前半に、一世を風靡したナーガスワラム奏者がいた。その名もラージャラッティナム(至宝の王)。彼の圧倒的な演奏は、残された録音から窺い知ることが出来る。

ラージャラッティナムは1956年に没したため、彼の演奏を生で聴いた人間は少なくなったが、録音のおかげで、音楽ファンたちは、あたかも自分がその場に居合わせたかのように、この音楽家の偉業をたたえる。

非凡な演奏は、威厳のある風貌、型破りな性格、奔放な私生活とともに、ラージャラッティナムを超人的な存在に押し上げた。

5人の妻の存在や著名音楽家との情事はいずれも広く知られた逸話。深酒で公演をすっぽかすこともしばしばだったが、演奏家としての評価は全く損なわれない。

彼が開発したとされる、大きく音の低いナーガスワラムは、今では誰もが使うスタンダードになった。家の神棚に彼の写真を飾り日々礼拝するナーガスワラム奏者も少なくない。死後60年を経過した今も、「王」のカリスマは生きている。

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