旅・いろいろ地球人
世界の屋根で言葉歩き
- (2)100,000 2018年5月19日刊行
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吉岡乾(国立民族学博物館助教)
パキスタン北東部フンザ谷アルティト村の遠景=2014年8月、筆者撮影
日本で10万人と言えば、「日本のチロル」のある長野県飯田市の人口ほどである。世界2位の高さの山であるK2を抱えたカラコルム山脈。その山脈内、パキスタン北東部のギルギット・バルティスタン州に、フンザとナゲルという二つの谷がある。それらの谷を中心に、ブルショ人など、約10万の人々によってブルシャスキー語という言語は話されている。
フンザ谷の名を、耳にしたことのある人もいるのではないだろうか。二つ名が幾つもあり、世界三大長寿の里、風の谷、桃源郷などと呼ばれる。A・アシモフの雑学コレクションでは「癌のない地域」としても紹介されている。今は下火だが、日本人バックパッカーの間で聖地として流行した時期もある。
ブルシャスキー語話者は全員がイスラム教徒であるが、ナゲル谷の住民が皆シーア(12イマーム)派である一方、フンザ谷の人々はほとんどがイスマーイール(ニザール)派である。かつて「暗殺教団」として名を馳せたこの宗派は、今ではラマザーン月の断食も日々の礼拝もせず、モスクも持たない。
7000メートル超の山々に囲まれ、日夜問わず川の流れる音ばかりが聞こえて来る長閑な村。
平和過ぎると、研究に専念していて気後れするな。
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