国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

写真から射真へ

(3)写真がない時代  2019年6月22日刊行

広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)


「空気となって被射体をふわりと包み込む。「風を受け、心に描く、初夏の色」=大阪府吹田市の万博記念公園で2019年5月、筆者撮影

僕が射真という語を使うようになったのは、琵琶法師・瞽女など、盲目の芸能者との出会いがきっかけである。琵琶法師は音と声で、さまざまな口承文芸を創造した。彼らが視覚を使わずに、口から耳へと伝承してきたのが『平家物語』である。瞽女は三味線を持って全国を旅し、聴衆のリクエストに応じて多彩な唄を披露した。古来、盲人は文字を媒介としない語りの世界に生きていた。

琵琶法師や瞽女が活躍した中世・近世は、写真がない時代である。源平の合戦が終わり数十年過ぎれば、リアルタイムで戦闘を見た人はいなくなる。そんな時、音と声で源平合戦を鮮やかに再現したのが琵琶法師だった。彼らの語りには画像がない。しかし、その語りを聴く中・近世の民衆は「見たことがない風景」を自由に思い描くことができた。

瞽女は1970年代まで、新潟県下で活動していた。彼女たちは視覚を使わずに、自らの足で各地を歩くことで、目に見えない風景を感じていたのである。瞽女は聴覚・触覚、そして第六感で森羅万象をとらえていたともいえる。彼女たちが身体で獲得する風景の情報が、瞽女唄に独特の色彩を与えたのは間違いない。琵琶法師や瞽女の射真は語り物、唄の形で表現された。視覚優位の現代にあって、彼らが残した芸能は再評価されるべきではなかろうか。

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(1)なぜ僕は写真を撮るのか
(2)心眼とは何か
(3)写真がない時代
(4)射真展開催をめざして