旅・いろいろ地球人
驚異と怪異の迷宮へ
- (2)里帰りした「人魚」 2019年10月12日刊行
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山中由里子(国立民族学博物館教授)
11月26日まで開催中の「驚異と怪異――想像界の生きものたち」での展示のために里帰りした「人魚の干物」=大阪府吹田市の国立民族学博物館で、筆者撮影
一五世紀以降の「大航海時代」にヨーロッパ人は、世界中の民族や生物に関する知識だけでなく、各地の珍しいモノを収集した。こうした珍品のコレクションは、所有者の権力や財力を表すものとして、城や館の一室に並べられた。人々をあっと驚かすためのこうした空間は、「驚異の部屋」(ヴンダーカンマー)と呼ばれた。
発掘された遺物、異民族の衣装や道具、精巧なからくりなどと並び、動植物・鉱物の標本も集められたが、中には、頭が七つの竜のような怪物の剥製やミイラも交ざっていた。
一八世紀前半までは、人魚やユニコーンなどは実在するかもしれない動物とされ、珍獣の存在の証拠となる標本は、驚異の部屋の自慢のアイテムであった。一八世紀半ばごろからそれらは、実は別の動物の部位である、あるいは作り物であると、正体があばかれてゆく。
それでも、怪物を見てみたい、集めたいという人々の好奇心は消えるものではなく、一九世紀半ばにはヨーロッパとアメリカで、人魚のミイラが一世を風靡する。それは幕末に出島にいたオランダ商人が見世物として流行っていた「人魚の干物」に目をつけ、作り物と承知の上で輸出したものだった。
当時、オランダ王の驚異の部屋に納められ、今はライデン国立民族学博物館が所蔵する人魚は、民博の特別展のために一時帰国中である。
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