国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

アイヌ文化と植物

(5)夏の年=女の年  2020年5月30日刊行

齋藤玲子(国立民族学博物館准教授)


国立民族学博物館で展示されているチセ(屋)の炉の上につられているオオウバユリの保存食(左上)=筆者撮影

春と秋を表すアイヌ語はそれぞれあるものの、かつてはサクパ(夏の年)とマタパ(冬の年)が交互にやってくるという考えがあった。アイヌ民族に限らず、雪のある冬と雪のない夏で生活が大きく異なる北方地域の先住民には、1年が夏と冬から成るとの観念はひろく見られた。

狩猟の比重が高まる冬を「男の年」というのに対し、夏は「女の年」だという。雪が解けると、新芽や若葉を食する山菜採り、畑おこしと種まきに始まり、季節が進めば根茎類や果実などの採集、栽培した穀類などの収穫とそれらの保存食づくりが続く。布や袋の素材となる樹皮を剥いだり、ござやすだれを編むためのガマや茅などを刈ったりと、物づくりの材料も確保せねばならない。その間、大量に捕れるサケ・マスをさばいて干し、保存用に加工した。衣・食と植物に関する仕事は、その多くを女性が担っており、ゆえに夏は女の季節と言われるのだ。

明治時代にサケ漁やシカ猟が規制されたため、漁猟に関する知識や技術は途絶えたものもあるが、植物利用に関する知識は多く伝承されている。本州からの移民が、アイヌから食の知識を教わって生き延びたという話はあちこちにある。いまも「山菜だけで暮らせる」と聞くことはしばしばだ。非常時に知識はきっと役に立つ。買い占めに走る必要もない。

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