旅・いろいろ地球人
韓国農楽の追憶
- (3)羅先生の家 2020年9月19日刊行
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神野知恵(国立民族学博物館機関研究員)
女流農楽名人の羅錦秋先生と韓国のクェンドル村=イラスト・筆者
私は韓国の民俗芸能である農楽を学ぶなかで、羅錦秋(ナグムチュ)という一人の女流演奏者に出会った。彼女は1938年に全羅南道康津郡(チョルラナンドカンジングン)に生まれ、それまで男性の芸能であった農楽を女性が演じる興行的演奏グループ「女性農楽団」で活躍した。私が出会ったときはすでに70代と高齢だったが、演奏の腕前は他に類を見ないほど精巧かつ創造的だった。この人のライフヒストリーと演奏スタイルについて博士論文を書こうと意を決し、2013年には韓国に渡り長期的なフィールドワークを行った。
ある秋の日、先生が農楽コンテストの審査員をしに行くというので同伴し、その晩には全羅北道扶安郡(チョルラプッドプアングン)幸安面(ヘンアンミョン)クェンドル村にある先生の家に泊まった。クェンドルとは、コインドル(支石墓)の方言で、その日もピンクに染まった夕暮れのなかに大きな石がポツポツと見える風景を眺めていた。先生は私のためにわざわざ市場に肉を買いに行き、手料理をふるまってくれた。テレビドラマが煌々と流れる真っ暗な部屋で、腰が痛くて眠れないという先生に、夜じゅうマッサージをした。
先生は19年6月に急逝し、その家も今はもうない。10年程の短い間に、先生からは本当に多くのことを学んだ。秋になると、あの晩の静かな情景がふと思い出される。
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